§1 職務従事
(1) 医師は個人および国民全体の健康に奉仕する。医業は営業ではない。医業はその本質からみて自由業である。医業は、医師が自己の良心と医師としての道徳のおきてに従ってその責務を果すことを要求している。
【自由業の定義は日本語の語感と異なるので、「D101ドイツ医師のための職業規則(1993)」の訳者注、または「ドイツ医師のための職業規則(1997)」の訳者注2を参照のこと】
(2) 医師の責務は生命を維持し、健康を守り回復させ、苦痛を和らげることにある。医師は人道の戒律に従って医業を行う。医師はその責務と相容れない、または従うことに責任をとれないような主義を認めてはならないし、そのような規定や指示を容認してはならない。
(3) 医師はその職務を良心的に行い、職務内および職務外において、医業が要求する尊敬と信頼にふさわしい行動を示さなければならない。
(3 a) 医師は医業に関連した規則を学び、それに注意を払う義務がある。
(3 b) 医師は場所を転々と移しながら医業を行ってはならない。医師は個人に対する医学的相談あるいは治療を手紙、新聞、雑誌、テレビ、ラジオを通じて行ってはならない。
(4) 医師はその職務を行うに当たって基本的には自由である。医師は自分と患者との間に必要な信頼関係が存在しないと確信したときなどには、診療を拒否することができる。救急のさいの義務はこれに該当しない。
§2 守秘義務
(1) 医師は、医師であるがゆえに打明けられたり、知らされた事柄について秘密を守らなければならない。これには患者の書面の報告、患者に関する記録、X線写真、その他の検査記録も含まれる。
(2) 医師は自分の家族に対しても秘密を守るように注意する義務がある。
(3) 医師は、その補助者、および医療業務に従事するための見習のものに対して秘密保持の法的義務を教え、これを書面として残しておかなければならない。
(4) 医師が守秘義務から解かれたとき、あるいは公表することがより高い法益を守るために必要とされる場合には、公表する権利が与えられるが、義務づけられたものではない。後者は裁判手続において供述することにも適応される。
(5) 原文削除
(6) 医師が第三者から公的または私的に委託されて従事する場合、医師によって確認された事項がどの範囲で第三者に報告されることになっているかについて、被検者が検査や処置を受ける前に知らなかったり、知らされいなかった場合には、医師には秘密を守る義務がある。
(7) 数名の医師が同時または相次いで同一患者を診た場合には、患者が特に指定しない限り、医師たち相互の間に守秘義務はない。
(8) 科学的研究および教育の目的のためには、患者の正当な利益を損わないか、あるいは患者の明らかな同意がある限り、守秘義務に該当する事実や所見を発表して差し支えない。
§3 胎児生命の維持
医師は胎児の生命を維持することを原則として義務づけられている。妊娠中絶は法律の定めるところによる。
§4 避妊手術
避妊手術は、医学的、遺伝的または重大な社会的理由により適応とされた場合には許される。
§5 生涯教育
医師は職業に関して自らを生涯教育することが義務づけられている。
§6 診療の実際
(1) 個人として医業を行うことは開業と結びつく。開業は§25 に該当する診療看板によって一般に示すことができる。医師は開業の場所と時間、およびあらゆる変更を遅滞なく医師会に報告しなければならない。
(2) 医師は数カ所の場所において診療時間を設けてはならない。医師会は住民の医療供給を確保するために必要な場合には、支所診療(時間)の許可を与えることができる。
§7 契約
職務上の要件が守られるかどうかを審査可能にするために、医師は医療業務に関するすべての契約を、その締結前に医師会に提示しなければならない。
§8 診療記録
(1) 診療記録は医師の備忘である。医師は所見ならびに治療方法について充分な記録を作らなければならない。
(2) 診療記録は診療の終了後の少なくとも10年間は保存しなければならない。医学的経験からみて望ましいときは、それ以上の期間保存することが必要である。
(3) 診療記録、剖検記録、X線写真、その他の検査所見の発表は、§2の原則によって許されている場合においても、通例は報告作成または鑑定に関係したときに限定すべきである。
(4) 医師はその診療記録や検査所見が、診療を止めたあと管理人に引継がれるように配慮しなければならない。
§9 鑑定書および証明書の交付
医師としての鑑定書(意見書)および証明書を交付する場合には、医師は必要な注意を払い、良心に従って自分の医師としての確信を表明しなければならない。文書の目的およびその受取人が明記されなければならない。医師が交付を義務づけられている、または交付を引受けた鑑定書と証明書は、適当な期間内に交付されなければならない。
§10 医 師による教育と試験
保健衛生の領域の人を教育または試験する医師は、このことを医師会に通知しなければならない。
§11 医師の報酬
(1) 医師の報酬請求は適切でなければならない。算定に当っては料金規則が根拠となる。そのさい医師は自分の行為の難易度と範囲、支払い義務者の経済状態、地域の事情を考慮しなければならない。
その場合、医師は不当な方法によって通常の額より低くしてはならない。
【訳者注:この条文は主として私費診療(その多くは民間医療保険に加入している)の場合を対象にしている。公的医療保険の場合は医師料金規則に基づいて行われるので、この条文は直接関係はない。私費診療の報酬額は、通常は公的医療保険の料金の2.3倍(1970年頃は3.5倍であった)というように、医師料金規則を基準にしている。】
(2) 医師は親戚、同僚、同僚の家族および資力のないものに対して報酬を免除することができる。
(3) 医師は報酬請求を通常少なくとも四半期ごとに行うべきで、支払い義務者の要望のあるときは分割払いにする。そのさい医師の守秘の規定に注意しなければならない。
(4) 医師は裁判所の依頼、または医師会の承諾があった場合にのみ、他の医師の報酬請求の妥当性について専門的意見を述べてよい。
§12 同僚間の関係
(1) 医師は同僚に対して、思慮深い態度によって尊敬の念を示さなければならない。他の医師の人格、治療法、職業上の知識または能力について軽蔑した言葉を述べること、同僚をその地位や診療活動から締め出そうとする試みは、医師としての品位の許さぬところである。
(2) 患者の診療のために他の医師を呼んだ医師は、その医師が支払いを請求した場合適切な支払いをする義務がある。
(3) 患者および医師でないものがいるところでは、医療行為に対する異論や教訓的なことを述べるのは控えるべきである。このことは上下の関係にある医師たち、および病院勤務の場合にも適用される。
(4) ある医師にかかっている労働能力のない患者を、他の医師が労働能力について再検査することは、主治医の了解を得たときにのみ可能である。社会保障、または公的医療業務の一環として嘱託医療業務の規定があるときは、これに該当しない。
§13 他の医師の患者の治療
(1) 医師はその診療時間内に訪れた患者をすべて診療することができる。医師が患者に呼ばれ、この患者がすでに他の医師の治療を受けていることを知ったとき、あるいは周囲の事情からそれが推測されるときは、患者またはその家族がはじめに担当していた医師の治療を引続いて受けることを拒否したことを確認した後において、自分が治療することを引受けるべきである。この医師は、自分の前に担当していた医師に、このことを患者またはその家族から伝えるようにさせなければならない。
(2) すでにかかっている医師が間に合わない状況にある患者のところに救急で呼出された医師は、救急処置の終った後、もとの医師に可及的速やかに報告するとともに、もとの医師にその後の治療を任せなければならない。
(3) 病院での治療が終った患者は、入院前の主治医にもどされなければならない。外来の処置や観察に再び呼出す時には、患者を治療している医師の同意が必要である。
(4) 医師は他の医師から頼まれた援助を、止むを得ない理由がない限り断ってはならない。
(5) 治療に当っている医師は、他の医師を呼んでほしい、または他の医師に送ってもらいたいという患者または家族の希望を、原則として拒むべきでない。医師は他の医師から送られた患者について一応の処置が終了した場合、患者が引続いて治療を受ける必要があるときには、患者をはじめの医師に戻さなければならない。
(6) 対診の場合、関係した医師たちは患者や家族のいる前で相談してはならない。医師たちは、その中の誰が対診の結果を伝えるかについて、意見を一致させなければならない。
§14 代診医と助手
(1) 医師は自分の診療を自ら行わなければならない。
(2) 医師たちは基本的に、相互の代理をすることを心掛けていなければならない。委託された患者は、代理が終ったら戻されなければならない。
(3) 代理を必要とする事情がカレンダーで3ヵ月を超える場合には、代診医が診療に従事することを医師会に届け出なければならない。
(4) 代理を依頼しようとする医師は、代診医が規則の定めた代理に関する条件を満たしていることを確認しなければならない。
(5) 医業を行う資格が停止した医師の診療は、医師会の審査を受けた時に限り、他の医師によって代行できる。
(6) 死亡した医師の診療は、未亡人または扶養を受ける権利のある親族のために、通常はカレンダーの四半期のあと3ヵ月の期間まで、他の医師によって継続することができる。
(7) 医師が助手として従事するには、診療所の所有者による診療指導が不可欠である。これは契約書の書式に従って医師会に届け出なければならない。
(8) 1年の間に計3ヵ月以上、ある医師の開業の代理または助手として従事した医師は、前者が同意する場合にのみ、前記の業務終了後1年以内に同じ診療地域で開業することができる。この同意は、前記診療所所有者の権利が侵されると考えられないとき、あるいは住民の医療供給上必要である場合には、医師会の宣言をもって代えることができる。
§15 工場および企業に属する医師の業務
工場および企業に属する医師は、それらの業務領域内に止まらなければならない。同様のことが保健衛生に従事する医師にも適用される。
§16 療養地および温泉地の医師
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§17 有償による紹介の禁止
医師は患者の紹介によって報酬その他の便宜を約束したり、請求したり、受け取ったりしてはならない。
§18 共同診療
共同診療、診療場所や診断治療設備の共同使用のために医師が提携を結んだときは、医師会に届け出なければならない。
いかなる共同診療の場合も、医師を選択する自由は守られなければならない。
§19 医師の救急活動
(1) 開業医は参加できない重要な理由がない限り、救急活動に参加する義務がある。救急活動の編成や実施についての詳細ならびに例外事項は医師会の定めた指針に準拠する。
(2) 救急活動の編成は、診療を担当している患者に対する、その病状に応じたケアーを心掛けるという義務から、医師を開放するものではない。
§20 宣伝と推薦
(1) いかなる宣伝や推薦も医師には禁じられている。とくに次のことは自分の品位にかかわるものである
a) 感謝を公に述べたり、推薦を公表することを行わせたり、許したりすること。
b) 薬剤や治療法を言葉や音、文字や図を用いて公表することを、自分の診療の宣伝につながるような扱い方で行うこと。
(2) 医師にはあらゆる間接的宣伝も禁止されており、この中にはサナトリウム、研究所、病院、その他の企業に医師の名前を用いて、または医師の名前を暗示する形で治療薬、治療法または治療効果を宣伝させることも含まれる。医師が自ら関係しないのにかかる宣伝がなされるときには、この職業規則で許可されていない方法で宣伝を行わないように関係企業に働きかけることが、医師には義務づけられている。
サナトリウム、研究所または病院が単にそれを担当するという形で、主たる適応症の範囲に併記して開設者としての医師や部長医の指名、および医師という肩書を広告、掲示することは、間接の宣伝とはみなされない。医師が宣伝禁止に対する逃げ道として、サナトリウム、研究所、または病院の名称を自分の業務のために利用するという事情が明白なときには、上記の例外は該当しない。これは(1) 1項の最初の文章に示された宣伝の禁止に相当する。
(3) 医師は記事および図入り記事が、自分の業務の宣伝を帯びた性格をもって作られたり、自分の名前や宛名入りで公表されることを許してはならない。
(4) 医師は出版物において、責任を自覚した客観性を義務づけられている。
§21 医師および非医師
(1) 医師は医師でないもの、およびその職業上の補助者でないものと一緒に、診察を行ったり治療をしてはならない。医師はこのような人たちを見物人として医師の仕事の場に立入らせてはならない。医療職の教育を受けているもの、および患者の関係者のように医療と基本的に結びついているものは、これに該当しない。
(2) 医師が患者に治療効果をもたらす目的で、非医師の協力が医療技術の慣例により必要と考えられ、医師と非医師の責任範囲が明確に分離しているときには、(1)の最初の文章が意味する協力の禁止には該当しない。
(3) 医師は医師でないものに代診をさせてはならないし、自分の名のもとに患者の治療や検査をさせてはならない。
§22 薬剤および補助器具の処方と推薦
(1) 薬剤または補助器具を処方することによって、製造者または販売者から謝礼またはその他の経済的便宜を求めたり、受けたりすることは医師に禁じられている。
(2) 医師は医療用商品見本を他人に有償で渡してはならない。
(3) 医師は自分の便宜のために、処方した物と異なる物を、処方した物であるかのようにして供与させてはならない。医師は自分の処方が不正に取扱われることのないようにしなければならない。
(4) 医師は患者に、しかるべき理由なくして、特定の薬局または商店を指示してはならないし、また薬剤を仮名や一般には分らない記号で処方することを、薬局や商店と協定してはならない。
(5) 医師は詐欺療法との闘いに協力しなければならない。
(6) 製薬工業で医師として科学研究に従事するものは、薬剤の効果と使用法について、医師としての専門的インフォーメーションを与えることだけに限定すべきである。この種の医師は薬局、販売人または他の非医師の下で、注文を取る業務に励んではならない。
§23 薬剤および補助器具の鑑定
(1) 医師は薬剤、補助器具、衛生用品または同様の品物について宣伝の講演をしたり、素人向けの宣伝に利用されそうな鑑定や証明書を一般の前に出してはならない。医師は鑑定や証明書をこのように利用してはならない旨、受取人に対してはっきりと禁止しなければならない。
(2) 医師が医師としての職業上の肩書を付した自分の名前を、営業の目的で不正に、例えば会社のタイトル、あるいは品物の表示に貸すことは禁じられている。
§24 広告と名簿
(1) 開業または認可についての日刊新聞の広告は、診療場所の他は医師の看板に認められた事項だけを含み、開業または保険診療採用後の3ヵ月以内に、同じ新聞に3回だけ広告することができる。開業または認可について、それ以上のことを広告するのは禁止されている。
(2) その他として不在、病気、診療所移転、診療時間または電話番号の変更の場合に、日刊新聞に限って広告を出すことが許される。このような広告は最高2回まで許可される。
(3) 新聞広告の形式と内容は、その地方の慣習に従わなければならない。
(4) 医師は官庁の名簿以外には、宣伝の性格を有する特殊な名簿に名前を掲載させてはならない。
§25 診療看板
(1) 医師は診療看板に氏名と医師としての肩書、または専門医の名称を表示しなければならない。
看板は医学の学位、医師の肩書、診療時間、自宅および電話番号、ならびに保険医認可を掲載してよい。他のアカデミックな称号は、学部の表示されたものに限る。
(2) 産科を行う医師は、診療看板に「産科医」を追加してよい。
(3) 申請し、医師会の承認を得れば、次の事項を診療看板に加えることができる。
a) 労働医学
b) 温泉療法医師または療養所医師
c) ホメオパティー
d) 自然療法
e) 精神療法
f) スポーツ医学
g) 音声言語障害
h) 熱帯病
上記の標榜は2つまで併記してよい。
(4) 申請にさいしては、職業規則に付した指針の条件を証明しなければならない。特別例外の場合には標榜を1つ追加できるが、それは職業規則に付した指針の規定がその条件を示している場合のときである。
(5) 「血清学的血液検査の国家認定」を付記することは、国家認定を受けている医師の場合可能である。
(6) その他の付記は禁止されている。
§26 看板の設置
(1) 診療看板は、医師の診療を住民に伝えるものでなければならない。それは押しつけがましい体裁で設置されてはならないし、通常の寸法(約35×50p)を超えてはならない。
(2) 特別な事情がある場合、例えば玄関が奥深いときには、医師会は更に1枚の看板を設置することを許可する。
(3) 診療所移転のさいは、その旨を記した看板を半年間元の家屋に設置することができる。
(4) 医師の自宅につけるものは、通常の住宅の表札に相当するものでなければならない。
§27 便箋処方箋およびスタンプの記載
便箋、処方箋およびスタンプの記載は§25の規定に準ずる。病院勤務医師は勤務の名称を便箋、処方箋、スタンプおよび私的請求書に用いて差支えない。
(岡嶋道夫 訳)
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