1.患者の自己決定権と同意
患者の身体的不可侵性に加えられる医学的適応の治療的侵襲も、患者の同意を必要とする。従って、医師は患者の自己決定権を尊重しなければならない。治療的侵襲が効力のある同意に裏付けされていなければ、それは違法である。
2.同意の前提としての患者への説明
同意への患者の能力(10 及び 11 参照)と併せて、同意したことについて患者が説明を受けていることが、同意が効力を持つのに基本的に必要である。患者が医学的方法、必要な場合にはそれに結びつく危険を知ったときに、患者ははじめて同意することができる。
同意は身体の不可侵性に対するすべての診断的または治療的侵襲に必要である、すなわち手術だけでなく、例えば注射、輸血、血液や組織の採取、放射、鏡診、医薬品の摂取などがある。勿論あらゆる医学的処置について明白な説明と同意が必要ということではない。患者が、どのようになるかについて理解し異議を持たないときは、同意は暗黙のうちに得られる(日常診療の簡単な処置、例えば重大な副作用のない医薬品の投与の場合)。
意図する処置の種類とリスクが一般に知られているとき、または医師が自分の専門の立場から、あるいは他の医師によって、処置の種類とリスクについて説明がなされていることにより、患者がすでに十分な説明を受けているときには、説明は与えられない。患者が明白に拒絶したときも同様である。引継がれるまで診療を担当していた医師から、患者が十分な説明を受けているかということの証明のリスクは、同意を必要とする侵襲を行なおうとする説明義務を有する医師が負うことになる。
3.説明義務の区分
同意の必要性から、患者の自己決定権において、侵襲について「知る」ことに法的根拠のある説明義務は、いわゆる
− 侵襲の説明
法的に区別されるものとして
− 所見と予後の説明を受ける患者の権利;医師に対する同様の義務は処置契約の義務として生ずる。
侵襲の説明とは法的に性質の異なるのは
− 「安全確保の説明」、つまり診療上提供される説明(患者の健康状態を危険から守るため);それを怠ることは診療過誤である。
診療上の説明は、以下のような行動をすることへの指導である、つまり患者に当人の健康状態に適した生活方法をさせる、処方した医薬品の正しい服用に気を配る、患者に治療の結果及び副作用を教え、それについて時宜を得た報告をさせる、または患者に情報を提供することにより施した処置の緊急性を理解させる。
4.説明の目的
説明は、患者が医療処置方法の必要性、緊急性の程度並びに影響度を知り、医師の視点から合理的な決定ができるような状態に患者をさせるべきである。決定は通常は医療侵襲の同意ということであるが、処置を拒絶することもありうる。これが医師の視点から非合理的またはそれどころか指示できないものであっても、医師はこれに原則的に拘束される。
5.侵襲の説明における一般的説明内容
説明されるべきものは、予定する侵襲の原因、緊急度、範囲、特定のリスクの重さ、方法、結果及び可能性のある副作用、その治癒と改善の確率、治療しない場合の結果、及び代替の治療についてである。診断説明、経過説明及びリスク説明も考慮の対象になる。
6.個々の場合における説明の内容と範囲
診断に関する説明は、治療の説明を用意するという点で行なわれなければならない。患者への情報は、医師の所見に関して大まかなもので十分である。治療上の理由によっては、説明は診断に限定されてよいし、またそれどころか禁忌とさることもある。危険と結びついた検査及び治療方法への患者の同意が、医師が患者に疾患の種類と意味を示唆しなければ得られないときは、医師は重い疾患の場合でも説明に原則的に尻込みは許されない。しかしその他の場合には、医師は病気の性質について余すところなく、また思いやりのない説明をすることは義務づけられていない。それよりも人間性の要請を考慮し、医師から情報が与えられた場合の患者の身体と精神の状態に配慮しなければならない。
経過説明は、治療を行なわない場合だけでなく、治療の結果や成果の見込に関して、また治療の種類、範囲、リスク及び痛みについても、患者に状態の進展に関する要点が大まかに情報提供されるべきである。これには、各種の代替治療についての説明も事情に応じて含まれる。治療方法の選択は言うまでもなく医師の主要な事項である。しかし異なったリスクと成功率を有し、医学的に同程度の適応があり、通常用いられている数種の治療方法が存在するときには、真の選択の機会は患者に存在する。それにより、関連する完全な教示を医師から受けて、どの方法で治療の成果を得ようとするか、またどのリスクに応ずるかについての決定が患者に委ねられなければならない。一例として、保存的治療方法が即時手術に対する真の代替として、医学的に選択の対象となる場合が挙げられる。しかし、治療の代替についての説明義務は限度がある。その義務は、患者が真の選択の機会を有する場合にのみ必要となる。臨床試験に入ったばかりの新しい診断及び治療方法については、質問されなければ教示しなくてよい。
医師の治療侵襲のさいに説明義務で特に重要なのは、計画された診断または治療方法の安全性、または可能性ある結果に関するリスク説明である:
患者は、患者に通常基本的に出現したり、または特定の患者に明らかに多くなる(患者関連の)リスクについて説明を受ける。説明に必要なのは、従来観察された予期せぬ事故の固定したパーセント(いわゆる合併症の頻度)というものではない。説明の必要性を決定するものは、治療に結びついた定型的なリスクの頻度の程度だけではなく、患者の決心に関わる可能性のあるリスクが持っている意味もある。もちろん患者はリスクの数字の持つ意味を適切に評価する立場に置かれるべきである。患者には − たとえ大体のことだけでも − 侵襲の重さとそれに結びついたリスクについての一般的なイメージが伝えられなければならない。侵襲のそのような特殊及び典型的なリスクは、時として極めて稀なものであったとしても、あらゆるケースにおいて情報提供されるものとする。不成功、または望まなかったり予期しなかった随伴結果が、より不利に、またより長期に患者に現われれば、将来のリスクに関して情報を提供することはそれだけ一層必要となる。
その他に、侵襲の客観的及び時間的必要性が説明の範囲を決める。侵襲が急性または重大な危険の防止に必要でなく、また緊急でない場合には、医師の説明義務はとくに厳しく要求される。侵襲に特異的な危険ではなく、例えば手術という一般的なことと結びついたリスクについての説明も提供される。絶対的な適応でない手術において、手術が取り除くはずの苦痛が患者に対して持続的に悪化するかもしれないこと、そして患者に対するこの危険が侵襲の性質によるものではなく、患者の全般的な病気の重さから生ずるという、他の侵襲に比較して高いリスクが存在するときは、このリスクについても説明されなければならない。
7.説明の時点
説明は、患者が認識能力と決定能力を完全に持っている時点でなされなければならない;処置の緊急性が許すかぎり、患者に熟慮期間が残されなければならない。患者は決断の圧力に押しつけられるべきではなく、従って原則的に侵襲の前日より遅くならずに説明がなされるべきである。
8.医師の説明のための会話
説明は個人的に患者との会話の中でなされなければならない。説明のための会話は印刷された用紙で代用することはできない。印刷用紙は説明のための会話を準備するだけのものである;印刷された用紙は実施された会話の記録として役立たせることができる。
説明のための会話は一人の医師によって実施されなければならない;それを医師でない人物によって代理させてはならない。
説明は患者のために慎重に、また分かりやすい方法でなされなければならない。医師は個人的な会話において、情報が個人的な理解力並びに患者の知識水準に適合し、同時に患者がそれを理解したことを確信することに務めるべきである。
9.説明の届く範囲
説明に基づいて患者から与えられた同意は、説明のための会話の対象となった侵襲だけを含む。
手術の侵襲がもしかすると他の部位への拡大を必要とするかどうか、医師にとって予測しかねる場合には、患者はこれについて侵襲の前に説明を受けるものとする。拡大された侵襲が必要であることが、手術の最中に初めて明らかになったときは、医師は手術中断のリスクと拡大侵襲を実行するリスクとを比較考量し、それによって患者の同意を得る目的で手術を中断するかどうかの決定を下さなければならない。この場合医師は、患者の推測される意思を考慮しなければならない。侵襲が現在の生命の危険を取り除くために優先されるときは、推測される同意から踏み外すことがなければよい。医師が、患者の賛成をもって始めた手術を拡大すべきか、またはそれを中断して患者を新しい、時としてより大きな危険と結びついた、しかしいずれにしてもさらに身体と精神の侵害をもたらす手術のリスクにさらすべきかの問の前に立たされたときは、患者の推測される意思が医師によって考慮されるものとする。
10.説明を受ける者
説明を受ける者は同意能力を有する患者である。同意能力のない患者及び未成年の患者の場合は 11. を参照。患者に与えられる説明は、親族への説明によって替えることはできない。親族への補足的説明に対しては、守秘義務の規定に注意すべきである。
この規定は、その他にも原則的に医師の予後についての説明または治療の説明に対しても適用される。
11.同意能力のない患者及び未成年患者の場合の説明
理解力をまだ充分に持っていない患者、または同人の状態(意識喪失、ショック、思考の混乱、精神薄弱)のため、自分で理解して法的効力のある同意を行なえる状態にない患者の場合は、法定代理人がその立場に立つ。
未成年者の場合は、侵襲の同意は通常は親または他の親権者またはその代理人から得る。原則として侵襲には両親が同意しなければならない。もちろんどちらの親も、他方の親に権限を与えて折衝してもらうことができる;それゆえに後者の親だけが説明を必要とする。医師は「日常的な場合」には一般に質問することなく、出頭した方の親が、他方の親に対する折衝の権限も有していると考えて差支えない。些細なリスクとは言えないやや重大な医療侵襲の場合には、医師は出頭した片親の権限について確かめなければならないが、基本的には真実性のあるインフォメーションがあれば差支えない。高いリスクを持った困難で広範な決定の場合には、医師は出頭しない方の片親が、予定されている処置に納得していることの確信を得なければならない。
18才以下の若い者は、侵襲と許諾の意味とその影響の大きさを判断するほど十分に成熟しているときには、例外的に同意の資格を有する(同意能力は、民法の意味する行為能力と同等ではない)。
しかし子供と青少年には、医療行為を理解できるときはその程度に応じて、予定される侵襲とその経過について大まかな説明がなされる。
同様のことが、行為能力のない者または限定された行為能力を有する成年の患者に適用される。
意識のない患者の場合には、健康をもたらすという患者の利益に必要となる医学的処置を実施しなければならない(推測される同意)。
患者の実際または推測される意思を調べるために、患者にとって特に近い立場にある人と話すことを薦める;また患者から書面で渡された意見の表明は、推測される意思の間接証拠となる。反対される根拠が存在しないときは、患者の推測される意思が、普通で筋が通っていると通常みなされることに同意しているものとして、医師は始めることができる。
患者の同意能力が再び存在するようになったら直ちに、処置を継続するために患者の同意を得るものとする。
12.説明の書類
かなり重大な侵襲の場合には、説明した事実、その日時並びに説明で話した実際の内容、または説明によって察知された特別な根拠を病歴に記録する。患者が説明をはっきり拒否した場合も、同じことが適用される。
注: 病院の患者への説明については、ドイツ病院協会理事会及び連邦医師会理事会によって共同議決された「これから行う医療処置について病院患者に説明するための指針」において補足的に指示される。