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M407

 

医療従事者の守秘義務:日独の法規の比較

 

 

東京医科歯科大学 名誉教授


岡嶋道夫

 

 

2000年7月5日 掲載

医療に従事する者にとって守秘義務は重要な問題であるが、これに関する外国の規則はどの位知られているだろうか。ここではドイツと比較してみることにした。

 

始めに

守秘義務は、どのような職種の医療従事者に、どのような法律で規定されているか、またどのような情報について秘密を漏らしてはいけないか、といった問題が沢山横たわっている。

また秘密はどのような場合に、どのような相手に伝えてよいかという問題もあるし、逆に社会の利益のためには秘密を明らかにした方が良い場合もある。

このように考えてくると、私たちを取り巻く社会での守秘義務について、もう一度整理してみる必要があるように思われる。そのような気持に駆られて、ドイツの関連する法律や規則を少し紹介してみることにした。私は法律が専門でないので、不十分な内容であることは承知しているが、それでも参考になることを多々発見できるのではないだろうか。

最初に、ドイツではどの医師も守らなければならない「医師のための職業規則」というのがある。この規則に書いてある義務を怠れば、それが刑事事件や民事事件の対象にならなくても、「義務違反」ということだけで医師会の懲戒規定、あるいは医師職業裁判所の判決によって処罰を受けることになる。このような「職業規則」に次のような規定がある。

守秘義務

(3) 医師は、その補助者、および医療業務に従事するための見習者に対して秘密保持の法的義務を教え、これを文書として残しておかなければならない。

守秘義務に対する医師の心構えが、日本の医師より高いところに設定されていると言えるであろう。まず、このようなところに両国の意識の違いを感じさせる。

また、最近問題になっているが、診療報酬請求に関連した資料が民間業者などに委託されることがあり、患者の秘密が守れるだろうかという危惧を感じさせる。このような問題を考える上でもドイツの規則はヒントを与えてくれるだろう。

そこで、日本の刑法(秘密漏示)とドイツ連邦共和国の刑法(個人の秘密の侵害)を紹介することにしよう。

日本の刑法 (秘密漏示)

第134条1.医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産婦、弁護士、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。(平成三法三一本項改正)

2.宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。

日本の刑法にみられる規定はたったこれだけである。

上記の1.は平成3年に改定されたものであるが、それまでは以下に示すような明治時代の条文であった。改定されたことは明らかであるが、時代に即した改定と言えるかどうか、私には疑問に思われる。

1.医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、公証人又ハ此等ノ職ニ在リシ者故ナク其業務上取扱ヒタルコトニ付キ知得タル人ノ秘密ヲ漏泄シタルトキハ六月以下ノ懲役又ハ十万円以下ノ罰金ニ処ス。

2.は内容的には変化がないが、これも時代感覚を超越した条文にしか思われない。

次にドイツの条文を紹介することにしよう。

ドイツ連邦共和国 刑法203条 個人の秘密の侵害

(1)他人の秘密、すなわち個人生活の範囲に属する秘密又は企業や事業の秘密を以下の立場で委託されたか、又は知らされていて、これを権限無くして漏らした者は、1年以下の自由刑【以前の懲役・禁固がこのような名称に改められた】又は罰金刑を科する、

1.医師、歯科医師、獣医師、薬剤師、又は職業従事あるいは職業の標榜をするのに国が定めた教育が必須となっているその他の医療職に従事する者、

2.国が認可した科学的修了試験を伴った職業心理士、

3.弁護士、弁理士、公証人、法的に規定された手続における弁護人、公認会計士、宣誓した会計士、税理士、税受任者又は会計監査、帳簿検査、又は税務相談の会社の団体又は団体のメンバー、

4.結婚、家庭、しつけ又は青少年の相談員、ならびに役所又は団体、施設又は公法財団によって認可された相談所の中毒(嗜癖)問題に対する相談員、

4a. 妊娠コンフリクト法3条と8条により認可された相談所のメンバー又は委任された者【ドイツでは、妊娠中絶の場合に福祉事務所又は教会で相談を受けて証明書をもらうことになっている】、

5.国の認可したケースワーカー又は国が認可した社会教育者、

6.民間の疾病、災害又は生命保険の企業、又は私費【民間医療保険など】診療医師の精算所に所属する者。

(2)他人の秘密、すなわち個人生活の範囲に属する秘密又は企業や事業の秘密を以下の立場で委託されたか、又は知らされていて、これを権限無くして漏らした者も同様に罰せられる、

1.公職にある者、

2.公的業務のために特に義務づけられた者、

3.職員代表法による任務又は権限を引き受けている者、

4.連邦又は州の立法組織に従事している調査委員会、その他の委員会又は評議会のメンバー、立法組織のメンバーではないがそのような委員会や評議員会の補助者として正式に義務づけられているメンバー。

5.法律に基づいて責務を良心的に果たすことが正式に義務づけられている公的に指名された専門鑑定人。

【以下の訳は不正確】行政の任務に含まれている個人的又は事実的事情に関して個々に述べることは上記の意味での秘密と同じである;しかし、行政の任務として他の役所又はその他の部署にそのようなことを述べることが公示さていて、法律がこれを禁止していなければ、上記のことは適用されない。

(3)上記(1)に挙げられた者のもとで職業として従事する協力者、およびそのような者のところで職業研修として従事する者も、(1)の者と同様である。死者から又はその遺言から秘密を知った者は、秘密保持を義務づけた者の死後においても、(1)で挙げられた者および本項上記の者【研修者や学生のこと】と同様である。

(4)他人の秘密を該当者の死後に権限なくして漏らしたときも、(1)から(3)までが適用される。

(5)対価により、あるいは自分又は他人の利益又は他人を害することを意図してこのような行為を行ったときは、2年以下の自由刑又は罰金の刑とする。

わが国では、看護婦さんや臨床検査の人たちを始め、病院に関係を持つ職種の守秘義務が明確でない。ドイツの刑法によれば、多数の職種の人に守秘義務があることが明確である。日本もこれを参考にした規定を考える必要があるのではないだろうか。

次にドイツの「医師のための職業規則」においては、守秘義務はどのように規定されているか示してみよう。この規則は1997年版である。

§9 守秘義務

(1)医師は、医師の資格において委ねられたり、知らされた事柄については−患者の死後においても−秘密を守らなければならない。これには患者の書面による報告、患者に関する記録、X線写真、その他の検査所見も含まれる。

(2)医師が守秘義務から解かれたとき、または公表することがより高い法益を守るために必要とされる場合には、秘密を明らかにする権限が与えられる。法的な証言−及び届出義務は関係がない。法律の規定が医師の守秘義務に制限を加えているときは、医師は患者にそのことを教えなければならない。

(3)医師は、その補助者、および医療業務に従事するための見習者に対して秘密保持の法的義務を教え、これを文書として記録しておかなければならない。

(4)数名の医師が同時または相次いで同一患者を診察または処置する場合には、患者の同意が得られるか、あるいはそのように推定できるならば、医師たちは相互に守秘義務から解かれることになる。

これを見ると、刑法の規定が理解しやすく職業規則の中で示されている。また、同時に医師という職業に求められる守秘義務がどのようなものであるかが分かる。この他に、守秘義務を解説した書物は沢山あるし、職業裁判所の判例にも参考になるものがあると思うが、そのようなものの紹介は私の能力を超えるので差し控えておく。

フィクション

最後に、私は職業規則の「(2) 医師が守秘義務から解かれたとき、または公表することがより高い法益を守るために必要とされる場合には、秘密を明らかにする権限が与えられる。」に興味を覚えたので、これをフィクションの形で述べてみよう。

先般、小渕元首相が病院で亡くなられたが、入院して間もない首相が病床で何を語ったかが問題にされた。そして病院は元首相が亡くなられるまで、病状を公開の席で発表しなかった。誰もが考えたことであろうが、もし国家が激しい権力闘争の中にあったとしたら、これは大問題である。そのような場合、「公表することがより高い法益を守るために必要とされる場合には、秘密を明らかにする権限が与えられる」という条文があるか否かは、大変に大きな意味を持ってくる。医師は病人を癒すだけではなく、国を癒す権限を持つことにも繋がるからである。

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