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私たちには見えていなかった厳しい制度
ドイツの医師国家試験(上)
本報告はJMS(Japan Medical Society)Vol.68: 54-57, Sept/Oct.2001.に発表されたが、編集部のご厚意により転載させていただくことになった。 JMS編集部/菊医会のURL: http://www.j-m-s.co.jp |
医師国家試験を規定した医師免許規則の全訳と解説はD121にあります。
はじめに
わたしたちは医学部の卒業試験に合格したあと、厚生省の実施する医師国家試験を受験して医師免許を取得している。しかしドイツでは、医学部が実施する試験はなく、4回の医師国家試験によって医師免許を取得することになっている。
ドイツの医師国家試験については、ほとんど情報が伝わっていないので、1999年10月に部分改定された医師免許規則Approbationsordnung für Ärzteの内容を紹介することにしよう。とは言っても、試験規則には試験の実施要領と卒前教育カリキュラムの両方が含まれていて、1回では述べきれないほどの内容がある。そこで今回は、ドイツの国家試験の厳しさが伝わってくる試験の実施要領を紹介することにする。大変詳細な内容で恐縮であるが、これを簡略にすると、タガの外れた樽のようになってしまって、厳正な試験の実情が把握できなくなる恐れがあるので、ご寛容をお願いしたい。なお、文中の【 】内の記述は筆者の注であって、規則には書かれていないものである。
このような調査の端緒
その前に、皆さまにとっても参考になるのではないかと思うので、私がドイツの医学教育と医療の制度に関心を持つようになった経緯について述べてみよう。それは、ドイツの医師国家試験規則を読み、試験というものに対する理念と現実が日本とあまりにも大きく違うことを知ったからである。
もう少し具体的に説明すると、私は1964年ころにドイツに留学したが、研究所の休憩室で、ある学生が真剣な顔をして小冊子を読んでいた。そこで「何の本か」と聞いたところ、大学の試験規則が全部書いてあり、その中の医師国家試験の規則を読んでいるとのことであった。町の本屋で売っていたので1冊購入した。帰国後、勤務していた大学の教務委員として、締りの緩い学内の試験規則を検討するようにと命ぜられた。そこで初めてその小冊子を辞書をひきながら読み始めたのであるが、規則に書かれている試験の厳しさに驚き、日本とドイツは似ているという私の認識が瞬時に崩壊してしまうという、電撃に遭ったようなカルチャーショックを受けた。
そして、外国の制度を知るには、その国の規則に目を通さなければならないことを悟った。しかし、在職中は余裕がなかったので、退職後にそれを始めたが、みんなに読んでもらえるように翻訳することにした。幸いにしてインターネットの時代となったので、翻訳を自分のホームページに載せられるようになった。
ドイツの卒前教育 【追加:2002年に大改正が行われた。その詳細はD135】
ドイツは米国と違い、多くの先進諸国と同じように、高校を卒業すると医学部に入学できるが、その年齢は19歳である。医学の卒前教育はEUを始めとする世界的な基準である6年間である。
ただドイツが他国と違うのは、6年の学部教育を終えたあと、実地研修医師(AiPと略記)として仮免許での18ヶ月の研修が義務づけられている点である。この研修を終えると正式の医師免許が取得できる。実地研修医師の制度は、1901年から始まった卒後の実地修練生の伝統を引き継ぐもので、米国のインターン制度のモデルにもなった制度であるが、卒前の臨床教育が充実してきたので、間もなく廃止されるのではないかと思われる。
医師国家試験の種類
ドイツでの医学の修得を試験するのは、厚生省管轄の4回の医師国家試験であって、第2学年終了時、第3学年終了時、第5学年終了時および第6学年終了時に実施される。
第2学年終了時に行われる試験を「医師前期試験」と称するが、医師に必要な物理学と生理学、化学と生化学、生物学と解剖学、医学心理学の基礎と医学社会学が含まれる。
次の段階の試験は「医師試験第1部」で、これは第3学年終了時、またはそれ以後でも受験できる。病理学など私たちの基礎医学に相当する科目のほかに、患者との接触、臨床診断の基礎、救急患者に対する最初の処置、薬理学や中毒学などが含まれる。
3番目の試験は「医師試験第2部」で第5学年終了時に受験できる。これには臨床医学全般が含まれる。
最後の試験は「医師試験第3部」で、第6学年に48週間の病院実習を終えた後に受験できる。
それぞれの段階で学ぶ医学の内容は細かく規定されているが、これは省略し、今回は試験の方法と判定について述べることにする。各試験は次のような構成となっている。
医師前期試験=筆答試験と口答試験
医師試験第1部=筆答試験のみ
医師試験第2部=筆答試験と口答試験
医師試験第3部=口答試験のみ
試験の成績は、評価と評点の2種類で記録され、表1に示すように6段階に分かれる。
表1 試験の成績の評価と評点
評価 |
評点 |
|
|
秀 |
sehr gut |
(1) |
極めて優れた能力 |
優 |
gut |
(2) |
能力は平均的条件を上回っている |
良 |
befriedigend |
(3) |
能力は全般的に条件をみたしている |
可 |
ausreichend |
(4) |
能力に不足はあるが条件に達している |
不可 |
mangelhaft |
(5) |
能力がかなり不足し条件を満たしていない |
不可の下 |
ungenügend |
(6) |
役にたたない能力 |
医師前期試験と医師試験第2部では、筆答と口答の2種類の試験が行われる。いずれにおいても、筆答か口答のどちらかの試験に不可(5)があっても他の試験が優(2)以上であれば合格となる。
筆答試験
筆答試験は医師前期試験、医師試験第1部、医師試験第2部で実施されるが、方法はいずれもマルチプルチョイス方式で、各領域に分けた出題数は表2のとおりである。【マルチプルチョイス式試験方法は、日本とほぼ同じ時期に採用された】
表2 筆答試験における出題数
医師前期試験 |
I. |
医師のための物理学と生理学 |
80 |
320 |
II. |
医師のための化学と生化学 |
80 |
||
III. |
医師のための生物学と解剖学 |
100 |
||
IV. |
医学心理学の基礎と医学社会学 |
60 |
||
医師試験第1部 |
I. |
病理学と神経病理学、人類遺伝学、医学微生物学、免疫学と免疫病理学、医史学の基礎 |
110 |
290 |
II. |
患者との対話、臨床検査の基礎、救急の初期処置、放射線学 |
70 |
||
III. |
薬理学と中毒学、病態生理学と病態生化学、臨床化学、生物統計学の基礎 |
110 |
||
医師試験第2部 |
I. |
非手術領域 |
190 |
580 |
II. |
手術領域 |
190 |
||
III. |
神経科領域 |
100 |
||
IV. |
一般医学と環境領域 |
100 |
合格の判定
出題数の60%以上が正解であれば合格。または、最短年限で受験した受験生(医師前期試験では在学期間2年、医師試験第1部では3年、医師試験第2部では5年の時点で受験した学生)の平均の成績から22%以内であれば合格となる。
合格と不合格の場合の評価
正解のパーセントによって表3のような評価が記録される。
表3 筆答試験の成績判定方法
|
合格の場合 |
秀 |
合格最低正解% + 残りの問題の75%を正解している場合 |
優 |
同上 + 同上の 50%以上75%未満を正解している場合 |
良 |
同上 + 同上の 25%以上50%未満を正解している場合 |
可 |
同上 + 同上の 0%以上25%未満を正解している場合 |
|
不合格の場合 |
不可 |
上記の合格最低正解%の90%以上を正解している場合 |
不可の下 |
上記の合格最低正解%の90%に及ばない場合 |
受験者への通知
受験者には、1.評価、2.問題数と本人が正解した数、3.各領域ごとに、出題された問題数と本人が正解した数、4.全受験者の平均の成績、5.最短年限で受験した受験生の平均の成績、が通知される。
口答試験
口答試験は医師前期試験、医師試験第2部、医師試験第3部で実施される。試験委員会は各州政府の試験局から任命される。医師前期試験と医師試験第2部の試験委員会は、それぞれ1名の委員長と1名ないし2名の委員によって構成される。医師試験第3部の委員会は、それぞれ1名の委員長と3名ないし4名の委員および1名の書記で構成される。委員長、委員、書記には教授または試験の対象となっている科の教員が任命される。医師試験第3部では、これらの委員以外に、大学の教官でない医師、とくに開業医を委員として任命することができる。
委員長は、自分も試験官であるが、受験生への質問が適切であるかを注意し、規則が守られることへの義務がある。
また、口答試験の実施については、次回にも述べる予定であるが詳細な規定が示さされている。原則を紹介すると:委員会は試験の間はずっと出席していなければならない。しかし、3名以上の委員で構成されている場合には、受験生が患者に専心しなければならないときに、患者の希望により、あるいは患者を損なわないために、委員会全員がいない方がよいと判断されれば、委員長は一時的に委員長と委員1名だけになることを認めることができる。このような場合には、同時に受験している他の受験生も席を外すことになる。
一回の試験で扱う受験生は4名を超えてはならない。
管轄官庁は口答試験に監視官を派遣することができる。委員長は、州の大学の教官および管轄医師会の代理人が試験に同席することを許可しなければならない。しかし、患者のために必要なときは、席を外してもらうが、成績を告げるときには監視官以外の人は席を外さなければならない。
口答試験は「可」の評価までが合格となる。
委員会は多数決で決定する。意見が同数で分かれたときは、委員長の意見が優先する。委員長は受験生に結果を口頭で伝える。評価が「不可」または「不可の下」のときは、理由を示し、証明書にこれを記入する。州の試験局は受験生に結果を書面で伝える。
州試験局は、口答試験実施の任務を大学の教授(複数)に委託することができる。
試験終了時に、書式にしたがって(成績)証明書(図1)が作成される。
試験期間
筆答試験は3月と8月に実施される。口答試験は講義のない期間に実施されるが、医師試験第3部は4月から6月及び10月から12月の間に実施される。
筆答試験の再試験は前記上記の期日に行われる。口答試験の再試験は前記の期間外に行われる。
医師前期試験と医師試験第2部においては、筆答と口答の試験のうち、どちらか先に「不可の下」を取ると、他の試験は受験できない。
試験期日は、筆答試験では遅くとも7日前、口答試験では遅くとも5日前に受験生に通知される。
再試験
医師前期試験、医師試験第一部、第二部、第三部は、いずれも2回だけ再試験の機会が与えられるが、二回受けても合格しないと、その試験の不合格が確定する【1972年以前は1回だけであった】。そうなると、もう一度医学を学んでから受験することは許されない。
筆答と口答の2部門からなる試験では、その片方だけ再試験を受けることはできない。
合格した試験を再受験することは許されない。【成績を良くしようとして再受験することは許されない】
再試験は次回の期限に受験しなければならない。【勉強のために長い期間をおくことはできない】
医師試験第3部を再受験するためには、病院での臨床実習を受けた証明が必要となるが、この実習は最低4ヶ月、最高6ヶ月で、これについては州試験局が通知する。
最終的に試験が不合格で、再試験も不合格と決定したら、州試験局は他の州の試験局にこのことを通知する。この不合格者への通知の中で、改めて医学を学んで受験することができないことも伝えられる。
おわりに
以上が試験の実施要領であるが、厳格な制度であることはどなたもお認め下さるものと思う。とくに日本と違う点として、医師国家試験は一度不合格と決定すると生涯医師にはなれないこと、再試験に厳しい制限があること、日本の国家試験のようにまとまった科目を一度に受験しなければならないこと、つまり学部試験のように不合格科目を各個撃破的にパスすることができないといった特色がある。総合的能力に欠ける学生は、このシステムで除かれることになるであろう。これらの原則は1869年に全国統一の国家試験制度ができた時代から不変である。
図1 医師試験・第2部(筆答と口答)の証明書
_________________ (交付官庁名) 医師試験・第2部に関する証明書 医学部学生 ____________________ 生年月日 ____________________ は医師試験・第2部の筆答部門を 年月日に ____________ 評点 ________ 、 及び医師試験・第2部の口答部門を 年月日に ____________ 評点 ________ で終了した。 同人は医師試験・第2部を評点 _____ ( ____ ) (点数) で年月日 _______ に合格した。 公印 年月日 ___________ 署名 |