M413
臨床教育を重視している卒前教育カリキュラム
ドイツの医師国家試験(中)
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本報告はJMS(Japan Medical Society)Vol.69: 63-66, Nov.2001.に発表されたが、編集部のご厚意により転載させていただくことになった。 JMS編集部/菊医会のURL: http://www.j-m-s.co.jp |
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医師国家試験を規定した医師免許規則の全訳と解説はD121にあります。 |
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はじめに
前回はドイツの医師免許規則の中から、4回行われる医師国家試験の実施要領について紹介したが、医師免許を取得するには、日本より厳しい関門があることに驚かれたかもしれない。
今回は、医師免許規則に示されている卒前教育のカリキュラムについて述べてみよう。日本にはドイツの影響が強く残っていると信じている方も少なくないと思うが、これから述べる現在のドイツのカリキュラムと比較してみて下さい。
卒前医学教育の柱
医師免許規則によると、免許取得までの教育は次の6項目の柱で構成されている。
1. 大学での6年間の医学教育。最終学年【6年生】は病院における48週間の実地教育となる。
2. 学部教育を終えたあと、実地研修医師(Arzt im Praktikum、AiP)として 18ヶ月の卒後初期研修に従事。
3. ファースト・エイド(Erste Hilfe)の教育。
4. 2ヶ月の患者看護業務。
5. 4ヶ月のファムラツールFamulatur(病院や社会での医学研修)。
6. 4回の医師国家試験。
a. 医師前期試験:これは入学後2年経過すると受験できる。
b. 医師試験第1部:医師前期試験合格後、1年間の勉学を終えると受験できる。
c.
医師試験第2部:医師前期試験合格後、3年間の勉学を終えると受験できるが、医師試験第1部に合格していなければならない。
d.
医師試験第3部:医師試験第2部合格後、1年間の勉学の後に受験できる。
ドイツの大学は2学期制で、授業(講義や実習)などの一般カリキュラムは4月から6月、10月から1月の期間に行われる。他方、ファースト・エイド、患者看護業務、ファムラツールのような特殊カリキュラムと医師国家試験は、いずれも授業のない時期に実施される。
特殊カリキュラム
(1)ファースト・エイドの教育
ファースト・エイドは医師前期試験の申請前に行わなければならない。ここでは基礎知識と実技能力が教えられる。証明書は、ドイツ赤十字など4つの救急業務を扱う機関によるものとなっているが、管轄官庁がその適性を認めた組織が出す証明書でもよい。
(2)患者看護業務
2ヶ月間の患者看護業務は、医学の学習を始める前、または医師前期試験の前で授業のない期間に病院で行う。これは病院という組織に導き入れて、患者看護の通常業務を習熟させることを目的としている。受験には証明書が必要である(図1)。【日本でもドイツのこの制度を真似しているところがあるが、期間も短く、業務でなく見学実習的である点が異なる。】
(3)ファムラツール
4ヶ月のファムラツールは、医師前期試験合格から医師試験第2部の受験までの間に行う。受験には証明書が必要である(図2)。公衆、職場、診療所および病院における医師の活動を習得させることが目的であって、以下のような形で学ぶ。
1)1ヶ月間を
a)
医師の指導の下に、
aa) 公衆の保健医療、青少年援護、社会援護、労働局、福祉局または営業監察
bb) 障害者リハビリ施設、または健康保険審査医の業務を含む医学的鑑定、
cc) 刑務所
dd) 産業医の施設
ee) 連邦国防軍の部隊医務施設
b)
医師の診療所
2)2ヶ月を病院
3)1ヶ月を上記1と2に該当する施設で。
一般カリキュラム
以下の詳細な解説は、医師免許規則の条文に記述されているが、教育の理念と実際を理解するのに役立つ内容である。
(1)一般の授業
大学での教育は、系統的な講義のほかに、実習、クルズス、セミナーによって行われる。
<実習とクルズス>
これらでは実際を観察することが保障されなければならない。教材の関係で必要なときは、小グループで教育しなければならない。臨床実習の分野では、患者について教育することが優先する。患者について直接教育を受ける学生は少数でなければならないが、ベッドサイドの教育では、学生数は原則として5名を超えてはならない。実務的技能と能力を習得するのに必要であれば、学生に自ら患者を扱う機会を与えなければならない。教育によって患者に耐えがたい負担をかけることは避けなければならない。教育は、その必要がなければ、個々の専門領域に立ち入らないで、もっと広い立場で行われなければならない。
<セミナー>
講義と実習で教えた教材を、さらに深く、また応用できるように討論(論究)されなければならない。セミナーでは、学生が重要な医学的関連性、とくに基礎と臨床の教材をはっきりと関連付けられることを目標とする。患者を呈示することも含まれる。1組のセミナーに参加する学生数は20名を超えてはならない。
実習、クルズス、セミナーに規則正しく参加し、成果をおさめたことを、添付の証明書(図3)形式で証明しなければならない。
(2)学部最終学年(第6学年)に実施される実地教育(praktische Ausbildung)(いわゆるインターン)
医師試験・第2部に合格した後、つまり学部の最終学年に病院で実地教育が実施される。これは、下記の3科目で16週間ずつ行われる。
内科
外科
上記以外の臨床の1科を選択
この教育は大学病院、または大学が指定し、管轄の保健医療官庁も認める病院で実施される。
合計20日までの欠席が認められる。
教育中は病床が教育の中心となるが、学生はそれまでに習得した医学知識と能力を深め、広げなければならない。学生はそれらを個々の症例に応用しなければならない。この目的のために、学生はその教育程度に相当して、教育担当医師の指導、監督および責任のもとに、与えられた医学的仕事を実施しなければならない。学生は週日全てを、フルタイムを原則として病室にいなければならない。教育には、薬物治療や臨床病理学的相談を含む臨床相談に学生が参加することも含まれる。規則通りの教育を確保するために、学生数と提供できるベッド数は適切な割合でなければならない。学生はその教育に役立たない業務をさせられてはならない。
規則正しく教育を受けたことは、医師試験・第3部の申請のさいに、書式に示した証明書形式で提出しなければならない。
<大学外の病院で実施する場合の条件>
大学外の病院で第6学年の実地教育の場合には、教育の行われる部局に、医療と教育任務に対する十分な数の医師が確保されていなければならない。さらに、薬物治療や臨床病理学的相談を含む規則正しい臨床相談、ならびに病理医によるサービスが確保されていなければならない。内科と外科の領域での教育のためには、最低80床を持っている科だけが適している。これらの科のほかに、眼科、耳鼻咽喉科、神経科、放射線科、放射線診断または放射線治療を担当する医師のコンサルテーションがが確保されていなければならない。
実地教育の実施には、病院は教育に必要な以下の設備も備えていなければならない。
能力のあるレントゲン部門、
専門図書室、
病理解剖主任、
能力のある検査室、
学生の居所と教育のための十分なスペース、
内科の教育を行うときは、学生のこの目的のために用意されている臨床検査技師またはそれに適した人の指導の下に、教育目的のためのルーチン検査を実施することができる基本設備を有する教育検査室。
(3)実習、クルズス、セミナーの必須時間数
医師前期試験、医師試験第1部、医師試験第2部を受験するためには、表1、表2、表3に示す項目について実習、クルズス、セミナーに参加し、それぞれについて図3に示すような証明書を用意する必要がある。
これらの規定から学ぶこと
これらの詳細な規定から、読む人によっていろいろなことが学べると思う。例えば第6学年の実地教育では、学生のための十分なスペース、図書室、学生の教育のための教育検査室などの規定があるが、これらには米国のベッドサイド・ティーチングとの共通点を見出すことができる。わが国ではどの程度まで配慮されているだろうか。
また、ファースト・エイドを2学年までに学び、3学年になると、基礎医学の段階ではあるが急性の救急を学ぶことになる。紙面の関係で詳細なカリキュラムを示す余裕はなかったが、この時期に生命に危険な急性の症状と、救命のための緊急処置法を学ぶことになっていて、一般医学(GP的な)教育を早期に行うという姿勢が伺える。
おわりに
以上によって、卒前教育カリキュラムの大枠がご理解いただけたと思うが、このほかに膨大な試験対象リスト(いわゆる出題範囲)が各国家試験ごとに示されている。
また、系統講義、実習、クルズス、セミナーの使い分けに筆者は興味を感じたが、皆さんはいかがであろうか。
ところで、第6学年の臨床教育では、内科と外科以外は選択科目1科目しか学ばない。国家試験でどのような扱いをするのか疑問に思われる方も多いと思うが、その回答も含めて、口答試験の実施方法を次回に説明しよう。また、卒後初期研修であるAiP、日本と違う学位制度なども次回のテーマとして残しておく。
表1 医師前期試験の受験に必要な実習、クルズス、セミナー
I. |
1. |
医学の自然科学的基礎 |
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1.1 |
医学生のための物理実習 |
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1.2 |
医学生のための化学実習 |
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1.3 |
医学生のための生物学実習 |
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2. |
生理学実習 |
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3. |
生化学実習 |
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4. |
マクロ解剖学のクルズス |
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5. |
ミクロ解剖学のクルズス |
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6. |
医学心理学のクルズス |
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以上の時間数合計は少なくとも |
480 |
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いずれも臨床との関連において |
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7. |
生理学セミナー |
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8. |
生化学セミナー |
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9. |
解剖学セミナー |
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以上の時間数合計は少なくとも
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96 |
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II. |
1. |
臨床医学入門のための実習(患者診察をともなう) |
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時間数は少なくとも |
24 |
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2. |
職業領域について学ぶ実習 |
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時間数は少なくとも |
12 |
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III. |
医学用語の実習 |
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時間数は少なくとも
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12 |
表2 医師試験・第1部の受験に必要な実習、クルズス、セミナー
1.
病理学総論クルズス 2.
微生物学および免疫学の実習 3.
医学生のための生物統計学のための練習 4.
非手術系および手術系の領域における一般臨床検査のクルズス 5.
臨床化学および血液学の実習 6.
放射線防護を含む放射線学のクルズス 7.
一般および系統的薬理学と中毒学のクルズス 8.
急性の救急およびファーストエイドの実務的練習
以上の合計時間数は少なくとも
300 |
表3 医師試験・第2部の受験に必要な実習、クルズス、セミナー
1.
病理学各論クルズス 2.
薬理学各論クルズス 3.
一般医学の実習またはクルズス 4.
内科の実習 5.
小児科の実習 6.
皮膚−性病科の実習 7.
泌尿器科の実習 8.
外科の実習 9.
産婦人科の実習 10.
救急医学の実習 11.
整形外科の実習 12.
眼科の実習 13.
耳鼻咽喉科の実習 14.
神経科の実習 15.
精神科の実習 16.
心身医学と精神療法の実習 17.
腫瘍学領域の実習 (環境衛生、病院衛生、感染予防、予防接種および個人予防を含む) 以上の合計時間数は少なくとも
516 |
図1 看護業務に従事した証明書
看護業務の証明書 |
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学生の氏名 |
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生年月日 |
出生地 |
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下記の病院/施設で実施された教育に規則正しく参加した。 教育は私の指導のもとに の部局で行われた。 |
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教育期間 欠席期間 □あり □なし |
から |
まで |
から |
まで |
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□ 大学から教育病院に指定されている。 □
教育は大学病院で実施された。 年月日、場所 _____________________ _____________________ 公印 教育責任者の署名 |
図2 ファムラツールに従事した証明書
ファムラツールに従事した証明書 学生 ___________________ 生年月日 _____________ は、医師前期試験合格後 期間 __________ から __________ まで 下記の施設において私の監督と指導の下にファムラツールを受ける学生として従事した。この期間この学生は主として以下の領域において従事した。 _______________________________ この教育は _________ から _________ までの期間中断した。 中断しなかった。 年 月 日 ____________ ______________ 施設の名称と公印 教育担当の医師の署名 |
図3 実習、クルズス、セミナーに参加した証明書
証明書 下記の実習/クルズス/セミナーに参加した ________________________________ |
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学生の氏名 |
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生年月日 |
出生地 |
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□夏学期 □冬学期 |
から |
まで |
上記の授業に規則正しく参加して成果を収め、この実習と関連して学習規則に規定されている□夏学期 □冬学期の講義に規則正しく出席していた。 年月日、場所 _____________________ _____________________ 公印 教育責任者の署名 |