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初期臨床研修と学位制度はどうなっているか
ドイツの医師国家試験(下)
本報告はJMS(Japan Medical Society)Vol.70: 62-65, Dec.2001.に発表されたが、編集部のご厚意により転載させていただくことになった。 JMS編集部/菊医会のURL: http://www.j-m-s.co.jp |
医師国家試験を規定した医師免許規則の全訳と解説はD121にあります。
はじめに
今まで述べたことの中に、日本と異なる点が多数見つかったと思う。たとえば、国家試験では6段階の成績評価がつけられ、本人に成績が伝えられること、再試験は2度までで、それで不合格と決定すると生涯医師にはなれないという厳しさ、また卒前教育の中に臨床教育を積極的に組み込もうとする姿勢などである。
今回はドイツの試験の特色である口答試験の実施方法を紹介してみよう。そして、現在日本で審議中の初期臨床研修が、ドイツでどのような形で行われているかについて述べ、また日本とまったく異なる学位制度にもふれてみよう。
筆答試験の合格率
「医師及び薬剤師試験問題のための機関」が医師と薬剤師の国家試験の筆答問題を作成している。
医師国家試験の筆答試験は年2回実施されるが、正解数や合格率などがその機関のホームページに詳しく掲載されていたので、不合格率を表1にまとめた。なお、大学別に受験者数、正解数平均、不合格率が詳しく紹介されている。
それによると、合格最低正解数は、医師前期試験では50%に近いが、医師試験第1部や第2部では60%か、それを少し下回る程度である。
表1 医師国家試験・筆答試験の不合格率
(空欄の箇所はホームページに載っていなかった)
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医師前期試験 |
医師試験・第1部 |
医師試験・第2部 |
1997年秋 |
20.8% |
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5.2% |
1998年春 |
20.4% |
12.1% |
5.0% |
1998年秋 |
22.2% |
11.1% |
7.7% |
1999年春 |
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1999年秋 |
21.1% |
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口答試験の実施要領
口答試験は医師前期試験、医師試験第2部、医師試験第3部において実施されているが、各試験委員会の委員(試験官)の構成や役割などについては最初の報告を見ていただきたい。
1.医師前期試験の口答試験
この口答試験では、生理学、生化学、解剖学、医学心理学の基礎と医学社会学の4科目が実施されるが、受験生は2科目を受験する。その組合せは、そこの大学の試験官の数による。受験生がどのような組合せを受け取るかは、州の試験局で無作為に決定され、受験生には試験期日の通知のときに書面で伝えられるが、14日以上前にはならない。
口答試験は受験生4名に対して、2ないし3時間かけて実施される。試験委員会は前日に宿題を出し、当日口答で答えるか、答案を書類で提出することを課すことができるとしている。
詳しい解説になってしまったが、この原則は他の口答試験でも共通である。
2.医師試験第2部の口答試験
4名の受験生に対して、3ないし4時間かけて実施される。試験委員会は受験生に、試験期日の前に1名の患者についてヒストリー作成と診察を行わせ、試験のときに口答または書類の提出によって報告させる。
受験生は知識、技能、能力をできるだけ症例について示さなければならない。そして医学的な相互関連を識別できること、設問に対して諸科にまたがる判断ができることが求められる。
3.医師試験第3部の口答試験
国家試験の最後となるこの試験は、口答試験のみである。4名の受験生に対して4ないし5時間をかけて実施される。試験委員会は受験生に、試験期日の前に1名または数名の患者についてヒストリー作成と診察を行わせる。受験生はそれについてヒストリー、診断,予後、治療ならびに結論を含んだ報告を作成する。この報告は直ちに1名の委員に署名してもらって、試験期日に提出する。
受験生は48週間にわたる病院での実地教育を受けたばかりであるが、その内容は内科、外科、それ以外の選択した臨床1科を16週ずつである。
試験は内科、外科、およびその受験生が実地を経験した領域を含まなければならないことになっている。それ以外の臨床の科についても質問されるが、医師に必要な基礎知識や技能と能力を身に付けたことを示さなければならない。
日本では臨床実習において、総ての科をあわただしく平等に回ることが常識になっている。これに反して、ドイツの最終学年の実地教育では内科、外科以外は1科を選択する形になっており、試験は選択した科を含むことになっている。このように一つの科で16週学ぶことができれば、教育の深みは増すのではないかと思われる。これができるのは、第5学年末の国家試験で臨床全般の筆答試験が行われているからである。私たちが臨床実習を考える場合、このようなドイツ方式から学ぶことがあるかもしれない。
卒後の初期臨床研修
すでに述べたように、ドイツでは、6年の学部教育を終えたあと、実地研修医師(AiP)として仮免許での18ヶ月の研修が義務づけられている。今日本では、厚生省の臨床研修検討部会が、卒後2年間の初期研修について検討を進めているので、比較してみるのも面白い。ただ注意すべき点は、ドイツでは卒前の臨床教育が充実してきているので、連邦医師会は数年前から年次大会において、その廃止を毎年要望している。医師免許規則の改定作業が現在進行中であるので、AiPの制度は廃止されるかもしれない。
1.研修の実施
(1)医師の仮免許(Erlaubnis)が必要である。
(2) AiP としての従事はフルタイムで行う。もし、パートタイムで行うときにはそれに相応して延長されるが、その総合期間は3年を超えてはならない。
研修場所は病院、開業医の診療所、その他(詳細省略)。
最低9ヵ月の非手術系及び最低6ヵ月の手術系領域における従事を含むものとする。
(3)以下の場所での従事も算入される、
公衆衛生、疾病金庫の審査機関、援護施設、工場または企業の医師のサービス、リハビリ障害者に対する施設、部隊付き軍医の施設。
(4) この規則の適用範囲外で従事した場合には、それが同等とみなされれば算入される【外国の病院で研修を受ける者も多数いる】。
(5) 最初の1年間は6週間まで、残りの期間は3週間までの休暇、また病気、妊娠による中断は3週間まで認められる。
2.研修の実際
・
AiP は知識と実務的能力を深めなければならない。
・
AiP には、医師としての経験を重ねる機会を十分に与えなければならない。
・
AiP に割り当てられる医師としての勤務は、当人の知識と能力の発展段階に相当したレベルであって、責任をもって果たされなければならない。
・
AiP としての勤務を終えたときには、医師の職業を自己責任をもって、自立的に実施する状態となっていなければならない。監督の方法と範囲はそれに適応するものでなければならない。
3.教育のプログラム
(1) AiP は、医学の倫理問題の知識と処置を深めるのに役立つような、2ないし3時間の教育プログラムに最低6回参加しなければならない。これらの教育プログラムは、頻繁に出現する疾患例の解説とその処置、一般医学的問題の設定、医学倫理の問題、医師−患者関係、保健医療における経済性と費用の重要性の問題に特に向けられたものでなければならない。
(2) 教育プログラムは監督官庁、またはそれから委任された立場のものによって実施される。これとは別に、一般の医師の生涯教育プログラムに上記のテーマを扱ったものがあれば、それへの参加でも認められる。
研修修了の証明書
(1) AiP には、従事していた各職場から、添付された書式による証明書が交付される(図1)。証明書には従事した事項を詳しく記載し、教育が規定通り修了したかどうかが述べられていなければならない。さらに、AiP
が身体的欠陥のため、精神的または身体的な力の減弱のため、または嗜癖のために医師の職業に従事することが不能または不適格であるという根拠が明らかになったかどうかについて述べなければならない。中略。証明書は極秘に取り扱われ、示されている目的以外には使用してはならない。
(2) 規定通りの研修修了が証明できないときは、当該官庁は従事項目を全部または部分的に再履修させるかどうかを決定する。
卒後初期臨床研修の修了によって医師免許証(図2)が交付される。
医学博士Dr.med.の制度
ドイツの学位制度は日本とはいちじるしく異なる。そんなことが!と驚かれるかもしれないが、ドイツの医学生は6年間の卒前教育中に、医学博士の論文作成に従事し、学位審査を受けてしまう。そして、初期臨床研修を修了して医師免許を取得すると同時に学位が授与されることになっている。しかし、学位審査に合格していても、医師免許が取得できないと学位は授与されない。Dr.med.の称号は医師にしか与えられないのである。
生物学や医学情報など、医師のコース以外の人には、Dr.sc.hum.(人間科学博士)の学位が医学部から授与される。英国などでは、医学部は医学博士だけでなく、Ph.D.の学位も出すが、私はインドの三大学の医学部から委嘱されて、医師でない者のPh.D.を5回ほど審査したことがある。
ドイツでは、医師免許を取得すれば、卒後研修規則で定められた専門医コースの何れかに所属して、そのコースの臨床研修を行うことが義務づけられ、フルタイムで臨床研修に専心しなければならないので、臨床研修の期間に学位作成に従事することは不可能である。以前はほとんど総べての医師が医学博士の肩書を持っていたが、現在5割から6割程度に減っている。英国の医学博士も臨床研修とは重ならない。日本のように、卒後臨床研修と学位論文作成が同居している国があったら教えていただきたい。
医学部の高学年に進むと、学部から指導教官(大学の先生や関連機関の研究者)と研究テーマが与えられ、授業の合間や休暇を利用して研究室に出入りして学位論文作成に取り組む。実験的研究への参加、統計的な研究など色々であるが、沢山の関連文献を読み、自ら仕事を行い、自分で論文を書くことが求められる。こうして医学生はアカデミックな体験を得るのである。
医学博士が与えられる条件は、その学生が「自立して科学的に仕事ができることの証明」となっている。そのような能力を具えていることを証明するものが学位論文thesis, Dissertationであるから、緒言が長文になるなど、一般の研究論文とは違った独特の体裁となる。もちろん、申請者単独の著作であることが原則であるが、学術雑誌に発表された研究論文をもって学位論文に替えることができるという規定もある。
学位論文が一般の研究論文とは異なった性格のものであることは、世界の常識であるが、日本ではいずれにも論文という名称がつくため、両者を混同する傾向があるのではないだろうか。
おわりに
ドイツでは医師という職業は高く評価されている。ドイツで30年あまり開業された柴田三代治医師の手紙にも「職種の内では医者が一番偉いと思われています。医者の次が牧師、政治家、弁護士、先生など。患者にしてみれば、一番命にかかわるのは医者の仕事だからでしょう。」と書かれていた。
ドイツの医学生の勉学への勤勉さと厳正な試験は、日本と大分違っているような印象を受けるが、そのような環境で育てられた医師であるからこそ、国民からもっとも尊敬される職種となれるのであろう。
ドイツの関連資料をホームページに掲載しています。
http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/
図1 卒後初期研修の証明書
AiP(卒後初期研修を行う医師)
としての従事に関する証明書 氏名________________________________ 出生年月日と出生地_________________________ は医師国家試験合格後 期間 __________ から ____________ まで 施設と部局名*)___________________________ において AiP として従事した。教育は全日制/規定の週勤務時間の___% をパートタイムで行った。**) 教育は_____から_____までの期間、_____により中断した。*) 教育は規定通り/規定通りではなく修了した。**) 従事についての記述と評価を個別に記入する ***) __________________________________ __________________________________ 氏名(AiP)________が身体的欠陥のため、または精神的または身体的な力の減弱のため、または嗜癖により、医師の職業に従事するために必要な能力または適性に欠ける根拠が明らかにならなかった/以下の観点から明らかになった。**) __________________________________ __________________________________ 印章またはスタンプ 年月日____________ _______________ 医師である指導者/診療所所有者/業務上司の署名 *) AiP が医師免許規則§34a (2) 1項により従事した施設、場合によっては部局を記載する。 **) 該当しないものを消す。 ***) ここには、場合によっては、AiP
がどの部局で従事したか、またどれだけの期間延長したかについても述べる。 |
図2 医師免許証
医師免許証 氏名 _______________ 生年月日 _______________ は連邦医師法§3の条件を満たした。 本日あなたの医師としての免許を交付する。 免許は同人に医師の職業を行う権利を与える。 公印 年月日 _________ 署名 |