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M409

研修医などの勤務時間について

 

ヨーロッパにおける研修医や医師の勤務時間について、ドイツ医師会雑誌から関連する情報を入手したので、「医療と人権メーリングリスト mhr」で発表しました。皆さんにとって興味ある内容と思われるので以下に紹介します。

なお、EU(欧州連合)における卒後研修については、その理事会指令に詳細が記述されています。この翻訳はd120.htmまたはd120.pdfとして掲載しました。

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メーリングリストで講座制と研修医の勤務実態について多数のメールが寄せられ、研修医の労働負担が過大であること、それに伴って注意義務にも影響が出るようなことが述べられていました。

しかし、この種の発言の場合、卒後研修の目標は何か、卒後研修での義務は何か、という基本的問題に触れていないように感じられます。

論じられているのは、研修医個人の経済状態と勤務時間の不規則さといったレベルのものです。日本の現状を取り巻く環境では、先進国レベルのことを論じても空論に終わるだけで無駄とは思いますが、やっぱり基本になると思うので、その一部を述べてみます。

研修医が長時間働いていることは世界共通の現象です。医師側は研修のためには当然と認めていますし、管理者は通常の労働基準からみると明らかに違反であると分かっていても、これを取り上げることはしませんでした。

しかし、最近はこれに対して検討が行われているようです。そしてドイツ医師会雑誌2000年5月5日号の短報に、次のようなことが書いてありましたが、卒後研修中の医師の労働時間についても述べています。

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EUにおいて、閣僚理事会と欧州議会の調停委員会が、今まで除かれていた各種の分野に、労働時間指針を拡大することに合意を得たが、その中に教育を受けている医師も含まれている。

厳格に扱えば違法で罰せられることになるが、今まで研修医は労働時間をはるかに超えて働いており、問題にされていなかった。委員会は新しい規定により週日(月―金・土)の労働時間を5年間に58時間から48時間に引き下げるべきだとした。

移行期間として、研修中の医師は、今後3年間は週日労働を最高58時間とする;次の2年間は56時間を超えないようにする。そしてこの5年を経過した後は、4年間の移行期の中で48時間にする。

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EU加盟各国でこの通り実行されるかどうかは、今後の経過を見なければなりません。この労働時間に夜間や休日の当番が含まれているかどうか気になるところかもしれませんが、EUの理事会指令Council Directive(本ホームページのd120.htmまたはd120.pdf)を読むと、待機業務(救急業務を含む勤務時間外の勤務)は週日の超勤とは別枠であることが分かります。

日本を世界の中の日本として認識するためには、世界の実態と比較してみることが必要でしょう。

ところで、卒後研修は専門医資格を得るために、それぞれの課程で義務づけられた研修内容を、研修機関として公認された病院で行うことが義務づけられています。日本の研修医のバイト先は、おそらく研修機関として公認できないようなレベル(国際的に見て)の病院でしょう。そうだとすれば大問題です。

もう一つ:卒後研修はフルタイムが原則になっています。EUの理事会は、1975年に卒後研修と専門医認定に関する理事会指令を出して、各国がこれに従った法整備をすることを義務づけています。その中で卒後研修は「所管の官庁または機関により監督されたフルタイムのコースである」ことを明記しています。

また、明確な理由があるときは、加盟国はパートタイムの専門医研修を許可することができるが、(1975年から)4年以内にその方針をはっきりさせることを義務づけていました。ドイツなどの卒後研修規則をみると、やむを得ない理由でパートタイム研修をするときは、それによって減少する部分は、研修期間を延長して満たさなければならないと規定しています。このような研修期間の算定は、専門医認定に当って厳しくチェックされます。

同じくEU理事会指令は、「研修の基準が、パートタイムということによって、また私的な稼得業務によって影響を受けてはならない」とも述べています。このような理念によると、日本のバイトはどういうことになるのでしょうか。ここで論じなくても皆さんに十分わかっていただけると思います。

戦前に日本はドイツを真似してきたと考えられていますが、制度面を見ると、そうでないことが多々あります。その一つは、ドイツでは戦前から卒後研修する場合は助手として給料が支払われており、無給で働くことはありませんでした。しかし、このような助手は、一般公務員とは違って任期付きです。後輩のために助手の席を譲らなければならないので、任期中は一生懸命に研修しなければなりません。日本がドイツのこの制度を真似ていたら、無給医の問題の起らない社会になっていたはずです。

現在、専門医資格を取得するために必要な研修期間は、平均すると6年くらいかと推測されますが、スイスの規則では、ボランティア(無給)で勤務したときの研修は6ヶ月までしか認めないという制限をつけています。研修は、研修病院の職員となって勤務することが当然のことになってきていると思われます。

卒後研修のことを書いた上記のEU理事会指令を読んでおられる方は少ないと思います。そこで今回これをホームページに掲載することにしました。ドイツの医事法規集(加除式)を見ると、ドイツの法規とEUの法規の二本立てになっていて、後者にEU理事会指令が載っており、ドイツ連邦医師法の中にも理事会指令が組み込まれています。

アメリカのレジデントが過酷な勤務をしていることは有名です。アメリカの総ての種類の専門医について、研修規則と認定研修機関を載せている通称グリーンブック(伝統的に表紙の色が緑)という膨大な冊子があります。

それを覗いてみると、レジデントには24時間連続した休みを、週に1回の割合で与えるように指導者は配慮しなければならない、と書いてあったように記憶します。毎週1回というのではなく、長期的にみて少なくとも週1回の割合になるように、という表現でした。福見一郎氏が英国のある職種に属する上級医師の勤務時間について紹介されていましたが、毎週48時間以内というのではなく、現場での必要性を考えて26週間の平均が48時間以内になるように、ということだそうです。

医療という職業の特殊性を考えると、このような勤務体制が求められるのでしょう(一般の労働者との違い)。

ところで、2000年3月17日のドイツ医師会雑誌に、病院医師の超過勤務について以下のような記事が載っていました。

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ドイツ全体でみると、病院医師は年に5千万時間の超勤を、超勤手当や代休なしに行っている。ドイツ医師会雑誌の調査によると、研修医とその後の助手としての勤務時間は、週40−50時間(病院長会による)、週70−80時間(ハンブルグ医師会による)となっていて、両者に大きな開きがある。しかし病院長会も、勤務時間が法の許す範囲を超えていることを認めている。

そのような医師たちは、手術とか人が困っていたりすると病棟を離れることができないし、患者に対する注意義務も超勤をする原因の一つになっていると述べている。

また、卒後研修の研修内容を満たすためには、例えば超音波検査や内視鏡検査の勉強などは、通常勤務時間の後になってしまう。

また、若い医師の間の競争も大きい。従来は開業するまでの過程とされてきた卒後研修が、1993年より開業制限が実施されるようになってからは、病院にずっと勤務せざるをえない状況が強くなり、勝手なことをすると契約の継続が得られなくなったりするので大変である。

以上のような超勤は明らかに違法で、理論的には雇用者は3万マルク以下の罰金と1年以下の刑に該当するが、そのような訴えがないので前例はない。検察はそのような病院を知っても、そのままにしている。訴えがなければ裁判にならないからである。中には超勤時間をきちんと記帳している病院も少しはある。

勤務医組合(Marburger Bund)は、超勤がもみ消されないように電子式記録システムの導入を要求している。ベルリンのある病院は実動時間を把握するシステムを導入したが、報酬システムの方は滞っている。しかし、病院を訴えるような行動は起っていない。

勤務医組合長はこう言っている:労働時間法は3年来効力を有しているが、多くの病院にとってはよそ事みたいなものである。中断されることのない32時間勤務は今もなお現実のものである。

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上記の記事には、以上の他に職場を増やす問題や医療費との関係などの議論も載せていました。また、労働時間に関する国の法律も載せていましたが、専門用語が難しいので理解の範囲を越えました。

一般勤務医の勤務時間については、ドイツ医師会雑誌(1998年9月18日号)に、「多くの病院における労働時間の組織化に問題がある」という短報(ニュース)が載っていました。

それによると、ドイツには2,000の病院がありますが、ある州の労働保護局(直訳)が800の病院について調べたところ、91.2%の医師は働きすぎ、つまり1日に10時間以上働いていたとのことです。仕事を中断した休憩時間(具体的なことは分かりませんが)を持てるのは37%だけであった、とも書いてありました。

 医師は労働法からみても働きすぎで、今問題にされてきているようです。しかし、それでもそれを使命と感じて働いているところに、他の職場と異なった職業意識があるのではないでしょうか。

以上

2001年2月11日    岡嶋道夫 記

 

付記:

下記のweb siteには米国の研修医過労問題を中心に詳しい報告が載っています。

http://www.amsa.org/pdf/rwhp.pdf