資料9
22. 死亡の種類に関する資料から
死亡診断書(死体検案書)には、「死亡の種類」と「死因」の2種類の記載欄がある.少数の診断書用紙しか見ていないので正確なことは分らないが、死因の記載事項は各国同じ様式である。これに反して、死亡の種類の記載欄は国や地域によって、かなりの差があるように見受けられた。これは、その国の司法と関連しているが、国際化の時代であるので、外国の事情を知っておくことも無意味ではないと思い、手元にある資料を以下に紹介することにした.
ドイツ連邦共和国では
W.Spann,K.MaidI:
Die Frequenz gericht1icher Leichenoeffnung in der Bundesrepublik Deutschland.
Medizinrecht 3:59−62,1985.の一部を翻訳
刑事訴訟法§97 法医解剖(G.S.)の規定は司法省の管轄領域である.西ドイツでは、シュレスビヒホルスタイン州の小島以外では医師の死体検案が義務付けられている.検案に当る医師には3つの義務がある.検案する者は、死亡の確認の他に、死因を明らかにし、自然死でない手がかりがあるかどうかを調べなければならない.死亡原因に犯罪的行為が関与しているかどうかを調べることは、検案医師の任務とはいえない.そのような要求は、医師にとっては過大な要求であるだけでなく、医師の権限を超えることを意味する.自然死でない手掛り(手掛りで十分)が得られれぱ、検案医は警察に連賂しなければならない。警察への連格を求めることは医師の守秘義務に反するのではないかという、医師側でしばしは言われている反論は意味がない.その理由は、検案医は診療を行っていた医師としてではなく、法の権能により死体検案をしなけれはならないので、委任者である国に対して守秘の権利はない。検案のケースの種類(例えば交通死亡事故、あるいは他人の手による死亡)による管轄権は警察内部で規定されている.響察は捜査中又は捜査終了後に検察庁に連絡する.通常は検察の捜査担当者が事実にもとづいて解剖の提案を持出す.担当の検事、時間外の時は勤務中の検事が、遅延の危惧がある場合は単独で、そうでない時は担当裁判官の提案によって、解剖の手続をするかどうかを決定する.法医解剖を実施するかどうかを決定するまで、死体はいわゆる警察死体として扱われ、法医学機関の存在する地区では、該当の法医医師の保管するところとなる.法医の立場としては、得られる所見並びにそれから導かれる結論の正確さを重視して、死後または死体発見後なるべく短い時間のうちに解剖すへきである.
イギリスでは
SIMPSON’S FORENSIC MEDICINE
Tenth Edition(1991)
Bernard Knight の一部を翻訳
WHOはICDの本の中で、鑑床診断及び死亡診断書の両者に使用する死因を分類している.数千のものに、記録に用いることができるように4桁のICD数字が付けられ、世界中で用いられている.これら疾患名に加えて、法医学的により適切なEーコードがある.E−コードは、「死亡の種類」、例えば溺れる、刺す、射つ、墜落、交通事故などの総ての不自然死と思われるものに数字を与えている.
WHOがその役立つ小冊子の中で主唱しているように、いくつかの国では、医師が死亡の種類をその死亡診断書の中に書くよう求めている.しかし、有能な捜査システムを有する先進国の大多数では、死亡の種類の決定は、医師であるよりも、司法当局、例えはコロナー、メディカル・エグザミナー、又は行政宮の任務となっている.
各国、各地域の死亡診断書から
本資料集に、ドイツのNRW(ノルドライン・ウエストファ−レン)州とミュンヘンの死亡診断書を翻訳して集録したが、何れも罫線や字句配列をオリジナルの書式に一致させるよう努めた.表現などで両者の間に多少の差はあるが、死亡の種類に関しては、医師は自然死か不自然死かだけを記入し、自然死以外の死亡については、その経過を具体的に書かせるだけで、死亡の種類を日本のようには分類させていない。ドイツでは州によって規則が異なるが、自然死以外の死亡と身元不明死体は総て警察に届け出なけれはならない.
なお、アメリカやイギリスで用いられている、監察医への届出を要する死亡状況の種類別リストのようなものは、ドイツでは作られていないとのことである.
もっと巾の広い調査が必要であるが、病死・災害・中毒・自殺・他殺などの死亡の種類を記入させる書式を採用している日本やアメリカの一部地域などや、そのような記入欄が無かったり、簡略な記入ですむ書式を用いているドイツ、イギリス、アメリカの一部地域などのように、国や地域によって状況が異なっているのは事実である.
日本では誰が死亡の種類を決定するか.
わが国の死亡診断書(死体検案書)では、医師が死亡の種類を細かく記入しなけれはならない.しかし、病死以外の死亡の種類は誰がどのようにして決めるのであろうか。これについては、「逐条解説 検視規則、死体取扱規則 警察庁刑事局刑事企画課 編著 東京法令」に述べられているが、東京都監察医務院の「監察医検案業務取扱要領」にもこの点が明記されている.しかし、わが国の法医学の教科書には、この点を明記しているものと、この点に触れていないものとがある.
死亡診断書の「秘」扱いについて
わが国の死亡診断書(死体検案書)の記載事項には「秘」扱いの箇所がないため、死因や解剖所見などが人の目に触れる形となっている.上記のドイツの死亡診断書では、これらの部分は「秘」扱いとなっていて、衝生統計を扱う担当者しか見れない形となっている。米国は色々あるのではないかと思うが、ニューヨーク市やニューヨークでは同様に「秘」扱いとなっている。
私はこのような「秘」扱いの由来や普及度について調ペたことはないが、正確な統計を作成し、かつ死亡者や遺族のプライバシーを保護するためなのかどうか、教えていただきたいものと思っている.
以上をまとめるに当って、Prof.Eisenmenger、山崎健太郎先生、池田典昭先生、庄司宗介先生から、ドイツ、イギリス、米国の資料提供と助言をいただいた.
(岡鳩道夫 記)