異状死体に関する資料
2001年4月9日
東京医科歯科大学名誉教授 岡嶋道夫
追加訂正(2003年9月19日) このファイルは2001年4月に作成しましたが、その時に、米国で死体が監察医に報告され、その検査対象になる場合のリストを、当時手元にあったメイン州、ニューメキシコ州およびロサンゼルスの資料について調べ、下記の資料4,5,6を作成しました。それによると、これらの州および地域では、医療事故による死亡は監察医に届出ることになっていました。しかし、これらの規定は1992年までに入手したものでした。 現在、米国とカナダの全州について、監察医の検査対象となるケースのリストをインターネットの下記ホームページで一括して見ることができます。 http://www.cdc.gov/epo/dphsi/mecisp/death_investigation.htm それによると、リストの項目の数や内容、表現は州によって大きな差異があります。上記のメイン州では以前のように医療事故を監察医に届出るようになっていますが、ニューメキシコ州、ロサンゼルのあるカリフォルニア州及び多数の州では、医療事故は監察医への届出対象リストには書かれていません。しかし、マサチューセッツ州は19項目を示し、その中には「診断または治療処置と関連した死」があります。 現在、日本法医学会が1994年に作成した「異状死のガイドライン」(資料2http://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html)に対して、その中で医療事故を警察に届け出る対象としていることに異議を唱える人が多数あり、また医師法第21条をめぐって種々な議論が交わされているようです。私は日本法医学会のガイドラインが作成されたときの経緯を知りませんが、その当時は資料4,5,6に示してあるような従来の米国の監察医ケースを参考にしていたのではないかと推測します。もしそうであれば、当時としては医療事故をガイドラインに加えるのは当然であったと思います。 法医学会のガイドラインに従うと、医療事故を警察に届出ることになるので、これが現在問題になっているわけですが、それを議論する場合に、米国ではどのような理由で監察医ケースのリストから医療事故が除かれたのか、除かれたあとの処置はどうなっているか、ということを考えてみる必要があります。そのようになった理由を私はまだ調べていませんが、もしご存知の方がおられましたら教えて下さい。私なりに推測すると、下記資料7の中でトーマス野口先生が述べているように、1985年ころから全米の病院に普及し始めたpeer review(同僚審査)と関係があるのかもしれないと思っていますが、この仮説は如何なものでしょうか。 Peer reviewについてもう少し考えてみることにします。下記資料7の末尾に付記したように、全米の病院はそれぞれが詳細なMedical Staff Bylawsを作成し、実施していますが、peer reviewはその中に含まれ、自発的な行為というより、全ての医師に参加が義務付けられた性格のものとして実行され、この記録(裁判には提出されないことになっている)を整備しておかないと病院審査のときに大変問題になると聞いています。これも私の推測と仮説に属しますが、peer reviewの普及によって、監察医への届出の必要性が減じたのではないかと思われるのですが、如何でしょうか。 以上のような視点に立つと、法医学会のガイドラインから医療事故を除こうと考えるならば、米国のpeer reviewに匹敵するような厳正な対応のできる組織を医学界側として確立することが必要でしょう。現在検討されている第三者機関がその役を担うことになるのかもしれません。 以上は英国や米国のような英米法の制度で考えた場合のことです。しかし日本ではドイツのような大陸法を基本にした制度によって運営されてきました。従って、東京都などの監察医制度が敷かれている地域でも、名称は監察医制度ですが、監察医は死因を判定するだけで、死亡の種類(自他殺、災害、過失など)の最終的判断は、米国と違って監察医ではなく、ドイツのように警察・検察が行う規則になっている現実があることは心得ておく必要があります。 ところで、ドイツでは異状死体(自然死でない全ての死体で、この中には医療処置の際のcomplicationも含まれる)は警察に届出ることになっています。1997年に改訂された現行のドイツの死亡診断書とその記入要領には、このことが明瞭に書かれています(翻訳は下記をご覧下さい)。 http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/d126.htm そこで、ドイツなど大陸の諸国では、医療中の事故死を警察に届出た場合、検察・警察はどのように扱うか、そこに私たちにとって参考になることがないか、ということを、もう一つの選択肢として検討してみる意義があるのではないでしょうか。すでに検討されているようでしたらご教示願います。残念ながら私にはそれを調べるだけのエネルギーがありません。 以上 |
序 言
最近、医療事故に関連して異状死体の警察への届出が問題になっているようです。私はリタイアした立場なので、現在討議されている内容や資料については全く情報を得ておりませんが、もしかしたら以前に私なりに集めた資料の中に参考になるものがあるかもしれないと思い、それらをこのホームページに掲載することにしました。
以下、資料順に要点をメモし、今回の問題に関連すると思われる部分は、識別しやすいように色をつけました。
なお、資料には監察医、メディカル・エグザミナー、Medical Examiner’s
Office、Coroner’s office、検視局といった用語が出てきますが、いずれも同じものを意味するとお考え下さい。
以下の内容を訂正、補足するような情報がありましたら、お手数でもご一報いただければ紹介、あるいはリンクできるように書き加えたいと思います。
1.資料1(html pdf):関連条文は医師法第21条です。なお、死体検案について従来しばしば問題となっている医師法第20条とその但書に関する厚生省医務局長通知も添付しました。いずれも厚生労働省のホームページに掲載されているものです。
2.資料2(html pdf):日本法医学会の「異状死のガイドライン」で、関連する部分に色をつけました。この中に「【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」と書いてありますが、私が仄聞するところでは、「外国では医療事故は警察に届出ない」と述べておられる方々から、この記述に異論が出ているとのことです。そして、警察に届出ることを厳格に実施すると、事故が隠され、改善につながらないというのが根拠のようです。
ところで上記のガイドラインは、医師法第21条の「異状」の定義が不明確であるので、これを具体的に示す必要があるのではないかということで、法医学会が叩き台として作成したものと思います。この場合、米国の監察医制度を参考にしたと思います。
3.資料3(html pdf):東京都監察医務院の事業概要(平成7年度)に記述された「検案の対象」となる場合の解説です。
4.資料4(html pdf):米国メイン州が医師宛に出したメディカル・エグザミナー・ケースについてのメモランダムです。メディカル・エグザミナーへの届出の対象となる項目をAからLまで列記していますが、Fには診断または治療中に起ったケースでどのようなものが対象になるかを書いています。また#3には、そのような判断をする場合の基準と言えるようなことが書いてあり、私たちにも参考になるのではないかと思います。
このメイン州の資料には、監察医制度を理解するのに参考となることが多数述べられています。メイン州はニューメキシコ州(資料5)と同様に、市や郡でなく、州として統一した新しい制度を作っているので、内容的には斬新なものと言えるかと思います。
5.資料5(html pdf):ニューメキシコ州の監察医ケースです。医療に関連するケースは7、8、14に記載されています。
6.資料6(html pdf):ロサンゼルスにおけるメディカル・エグザミナー・ケースを示したものです。年代は不明ですが1970年以前かと思われます。この中には麻酔から醒めずに死亡した場合や手術室内の死亡が報告の対象になっています。
7.資料7(html pdf):米国のトーマス野口先生から2000年11月に頂いた手紙です。ここでは医療事故とその対策全般について解説しています。とくに米国では医療過誤には警察が関与しないこと、peer reviewの意義などについて述べています。野口先生はロサンゼルスの監察医オフィスの長を長年勤め、またサウス・カリフォルニア大学の教授もなさっています。日本を離れて久しいこともあり、日本語に不明瞭な点がありますが、重要な内容ばかりと思います。米国では警察が関与しない代わりに、各州のState Boardが医師免許の停止や再教育を義務づけるなどの手段を講じていますが、日本にはこれに相当するものがないので、警察関与を否定する根拠が弱くなるのではないかと推測されます。医療改善を考える核心部分ではないかと思われます。
8.資料8(html pdf):資料7をmi-netというメーリングリストで紹介したところ、メンバーの福見一郎氏が、同氏が加入している米国のメーリングリストに問い合わせを行ってくれました。そのときの回答をまとめたのがこの資料で、peer reviewの必要性と、それが法廷には持ち出されないことなどが述べられています。米国の医療事故対策の基本を理解するに当って重要な情報です。
9.資料9(html pdf):雑録的であまり関連のない読みづらい内容です。もし興味がありましたら、色をつけた個所をご参照下さい。ドイツでは自然死以外は総て警察に届け出る制度になっているので、米国の監察医ケースのようなリストは存在しません。また、イギリスの項目で紹介しているように、先進国では死亡の種類の決定は、医師よりも司法当局が担当する傾向にあるようです。しかし、医療事故の場合にどのような扱いがなされるかについては、私は調べておりません。
以上
資料2は下記の日本法医学会のホームページから転記させていただき、文字に色を付けました。
http://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html
資料8は福見一郎氏のご厚意により転載許可をいただきました。
資料4、5、6、9は、岡嶋道夫編「法医学の教育と実務に関する外国の資料」1993年7月(非売品)から転載しました。資料の一部は印刷物からOCRでファイルを作成したので、誤字が見落とされている可能性があります。
山口大学医学部法医学教室、藤宮龍也教授の下記サイトには、関連する多数の最新の資料が載っています。
http://www.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~legal/index.html