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ドイツの医学教育にみられる最近の動き
2006年に加筆訂正しています
東京医科歯科大学 名誉教授 岡嶋道夫
卒後臨床初期研修の廃止について:2003年に医師免許規則が改定されたとき、免許取得の時点で自立した医師となるには、卒後臨床初期研修が必要であるという意見があってこの制度は存続しました。しかし、卒前教育が充実してきているので医師会は以前から廃止を望んでおり、一方この研修期間中の身分の不明確さ(仮免許の性格)と低い給与は、学生の医師を志す意欲を減退させるという根拠により、2004年10月から卒後臨床初期研修(18ヶ月)の制度は廃止されました。それにより医師国家試験合格と同時に医師免許を取得し、医師として研修を受け、医師としての給与が支給されることになりました。
以下のような関連するファイルがあります |
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本報告はJMS(Japan Medical Society)Vol.80: 36-39, Jan./Feb.2003.に発表されたが、編集部のご厚意により転載させていただくことになった。 JMS編集部/菊医会のURL: http://www.j-m-s.co.jp |
はじめに
日本は明治初期から第2次世界戦争までドイツから医学を学んできたので、多くの人は日本の医学はドイツの踏襲であったと考えている。しかし調べてみると、ドイツの医師国家試験は大変厳しく、卒業直後の臨床実地修練が1901年に義務化され、また専門医制度が1924年に設けられたことなど、ドイツ医学の特色は伝わっていなかった。これらについては、本誌にシリーズとしてすでに発表させていただいた。
戦後私たちの目は米国に向けられ、ドイツの事情には疎くなったが、その間にドイツは米国から学ぶなどして、医学教育の改革に努力してきた。そして、2002年と2003年は、表1にみるように、卒前教育、卒後教育および生涯教育の各分野で大きく前進することになっている。
表1 ドイツにおける医学教育改革の動向
2002年 |
医師免許規則 |
卒前教育と医師国家試験を32年ぶりに大改定. 臨床を一層重視した卒前教育. 2004年に卒後臨床初期研修が廃止. |
2003年 |
卒後研修規則 |
規則の大幅な書き換え. 家庭医業務を行なう専門医の教育を改定. |
2003年 |
生涯研修規則 |
新たに制定。研修単位の規定、罰則を設ける. |
卒前教育
ドイツは「医師免許規則」という法律によって、卒前の医学教育と医師国家試験が規定されている。最初にこの規則が作られたのは1869年であるが、2年後の1871年にドイツ人医師ミュラーとホフマンが来日して、出来たばかりのこの規則に準拠してドイツ医学を日本に伝えた。しかし、厳しい試験制度は実施されなかった。
医師免許規則は1901年、1924年と1927年、1953年、1970年に大きな改定が行われたが、1970年には第6学年を12ヶ月間のベッド・サイドティーチングにするという画期的な改革を行った。そして32年後の2002年6月に再び大改定され、2003年から実施に移されることになった。
これにより、基礎と臨床の統合、学際的かつ包括的な学習がより充実し、少人数教育もさらに徹底する。一方、国家試験を2回に減らし、マルチプルチョイスの問題を少なくするが、大学独自の試験は充実させる。
ドイツの口頭試験について
ドイツ人は、筆答試験よりも口答試験の方が受験者の実力が分かるという伝統的な考えを持っている。したがって、1970年の試験規則改定のときに、4回の国家試験のうち3回にマルチプルチョイスを導入したが、口答試験も3回実施している。
臨床に入ってからの2回の口答試験では、受験生は試験の前に患者を割当てられて診察し、それに関する報告を試験当日に提出する。口答試験は受験生4名に対して、最初の2回の試験では3名の試験官が3-4時間、最後の試験では4-5名の試験官が4-5時間をかけて行う(青字部分は訂正)。試験官のうち1名は試験委員長として、適正な試験が行われるように配慮する責任を有し、また試験には立会人も入れることになっている。試験官になる教授などのスタッフの時間的負担は相当なものであるが、これを敢えて行っているのがドイツの医師国家試験である。
2003年から医師免許規則が改定され、国家試験が2回に減るが、最後の臨床の試験では、以前と同様に試験の前に患者が与えられ、これについてヒストリー、診断、予後、治療計画ならびに総括を含んだ報告を試験当日に提出し、それについて質問される。また、試験は2日間となり、両日とも受験生1名につき最低45分、最高60分にわたって試験される。試験は4名ないし5名の試験官で行われる。
客観的な評点という点ではマルチプルチョイスの方が適切とも言えるが、口答試験では実力をごまかすことができない。臨床の実力を、筆答試験問題の改良でテストしようと苦慮する日本とは対照的である。
ドイツの専門医試験
ドイツの専門医試験も口答試験で実施され、筆答試験は行われない。口答試験と言っても、面接試験だけで合否が決定されるのではない。この試験で重要なのは、研修を指導した各コースの指導医の作成する詳細な研修報告書と、その指導医がつけた評価が試験委員会に集まっていて、それを事前に審査した複数の試験委員によって、口答試験が実施されることにある。
卒後研修規則によると、研修はその科の専門医によって指導されなければならない。医師会が人格も含めて認定した専門医が指導医になるが、指導医リストは公表される。指導医がその研修機関を離れると、指導医としての資格は取り消される。このように指導医にも厳格な規定が適用される。
専門医の口答試験は、最低3名の試験官で実施されるが、その中には受験者の専門と同じ科の専門医が必ず入る。試験の傍聴も許されている。1名の受験者は30分間質問され、判定は試験官の多数決による。ここで合格しないときは3ヶ月から2年間の研修の延期、あるいは特定の勉強が必要であることが指示されて再試験を受ける。
ノルトライン州における専門医試験
ノルトライン州医師会が発行した「業務報告2002」という冊子に、専門医試験の実施が具体的に述べてあったので紹介しよう。
この医師会の管轄地域の人口は1千万人、ドイツの人口は8千万人余であるから、ドイツ全体ではここに述べる数の8倍に相当する数の専門医試験が行われている勘定になる。
専門医の種類は41であるが、サブスペシャルティなど試験の対象となる専門領域がその他に60ほどある。ノルトライン州医師会は2001年に、これらの領域において2062名の試験を行っている。その不合格率は6.59%であった。ちなみに、最近の不合格率は、
1996年 6.62%
1997年 7.54%
1998年 6.15%
1999年 7.10%
2000年
6.48%。
追加
2001年 6.59%
2002年 7.34%
2003年 6.23%
2004年 7.60%
2005年
5.46%
口答試験は医師会の建物で行われるが、1年間を通して20日近くの試験日(いずれも土曜日)が組まれる。1日に組める試験委員会の数は35まで、そして1日に試験できるのは120名くらい。3名の試験官がフルタイムで試験しても、1日に4名の受験者の試験が限度とのこと。筆答試験のような一斉試験ではないので、受験者や試験官への連絡は電話も含めてかなりの数に達する。また事前審査のために、研修報告書などの資料が送付されるが、その数は20,700通に達するとのことである。
専門医の種類
一般医学Allgemeinmedizin(family medicine, general medical practiceに相当)、内科、外科、産婦人科、病理学、労働医学など、41種類の専門医が用意されている。またサブスペシャルティは、内科専門医の血管、内分泌、消化器、血液及び腫瘍、心臓、腎臓、肺臓などのように18種類ある。
この他に上記の専門医称号に併記する形となる23の小さな専門がある。
また、これらとは別に、食道・胃・十二指腸内視鏡検査、結腸直腸内視鏡検査、各部位の超音波検査、眼科のレーザー外科など、専門的な診断や治療技術に対しても、研修の症例数を定めた規定ができていて、書類による審査が必要である。これらの資格はコンピュータで保険の支払と連動しているので、資格がないと診療報酬は支払われない。このようにして医療の質が確保されている。
知識や技術の進歩により、専門の種類や分類が大変に複雑になってしまったので、2003年には整理された形での卒後研修規則が発表される予定である。
家庭医の位置付けと卒後研修
ドイツでは1924年に専門医制度が発足し、専門医と家庭医の業務が確立して今日に至っている。法律上は、医師免許を取得すると家庭医として開業できる建前になっていたが、1970年代後半に疾病金庫は、家庭医としての卒後研修を義務づけ、これを済ませていないと保険医として認めないことにした。また1968年には一般医学という専門医が発足し、1994年からは一般医学専門医でないと開業できないことになった。
これにより、家庭医には一般医学専門医の資格を有する新しいタイプの医師と、それ以前からの家庭医(専門医資格を有しない)の2種類が共存するようになった。後者に対しては、その経験年数などを考慮して、一般医学専門医の称号を逐次与えている。
一方、サブスペシャルティを持たない内科専門医と小児科専門医は、1996年に内科または小児科の専門医として留まるか、あるいは一般医学(家庭医)の業務を担当するかの選択を迫られた。95%の小児科医と75%の内科医が一般医学を選択したが、これは一般医学の医師を補強するという意味で、政策的にはプラスであった。その結果、家庭医にはサブスペシャルティを持たない内科または小児科の専門医が加わり、3種類の家庭医が混在することになった(図1)。
ところで、家庭医の卒後教育はどうあるべきかということは、以前から継続する重大な課題であった。現在のところ、一般医学の卒後研修は、内科と開業医に重点をおいたローテーションで行われているが、研修のポジションを確保するのに大変苦労している。そのために、一般医学つまり家庭医の定員が満たされていない。
これを解決するために、2002年5月の医師大会において、新しい決議がなされた。それによると、卒後研修の初期2年は、内科と一般医学の研修医が内科において同じ研修を行い、3年目から内科は内科のサブスペシャルティに向けての研修に入り、一方一般医学は家庭医を目指した研修に入ることになった。これを規定した新しい卒後研修規則は2003年5月の医師大会で議決される予定である。それにより、将来の家庭医は「内科」と「一般医学」の両要素を具えた性格のもの、つまり「内科・一般医学専門医」という名称の専門医に置き換わっていくことになる。
家庭医業務についてヨーロッパの状況をみると、EU理事会は1986年に指令を出し、1995年以降にgeneral medical practiceを始める医師は、最低2年間のgeneral medical practiceに関連した卒後研修を受けることを、加盟国に義務づけている。このようなヨーロッパの動きに対して、日本は現状のままでよいのか考えてみる必要があるのではないだろうか。
図1 家庭医業務と診療の流れ
患者は家庭医、専門医のいずれも選択できるが、病院に直接行くことはできない
生涯研修
ドイツでは医師職業規則によって生涯研修が義務づけられてきたが、その目標は数値などでは示されていなかった。しかし、2003年からはドイツ統一の「生涯研修規則」を実施し、「生涯研修証明書」を交付することになり、3年ほど前からその準備に入っている。その準備というのは、州ごとにそれぞれ規定を作って3年間試行し、その結果を持ち寄ってドイツ統一の規則を作るという段取りである。
連邦医師会が示した基準は、5年間に250点、あるいは3年間に150点で、1点は通常1時間の生涯研修に相当する。しかし、講習への出席という受身ではなく、本人も積極的に参加するような生涯研修に対しては付加点数が考慮される。
この規定に達しないときに罰則が適用される。どのような罰則であるかは知らないが、すでに施行しているスイスでは専門医資格の停止である。
研修は州医師会の研修委員会の承認を得たものでなければならないが、人口1000万を擁するノルトライン州医師会での2001年のプログラムは6000を超えている。プログラムは州医師会雑誌に発表されるが、インターネットでも容易に検索できるし、他の州のプログラムに参加することもできる。他の州も同じような数のプログラムを用意している。
企業が医師会公認の研修プログラムにお金を出すことを禁止し、医師たちは自費で企画・参加することになっているので、その費用は経費として認められる。診療報酬は年々きつくなる傾向にあるが、医療の質向上のために、自ら進んで厳しさを求めていく医師会と医師たちの姿勢には注目したい。
おわりに
本稿ではドイツにおける医学教育の最新の動向に焦点を当ててみた。そこに現れた改革への原動力は、つねに「患者のため」を考えることから生まれてきている。医療と医療制度に国民が満足し、医師の社会的地位が他の職業より高く評価されているのがドイツである。
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JMS Vol.80には以下のような医学教育に関連する記事があります。
医学教育の現状とこれからのあり方. 神津忠彦(東京女子医大)・福井次矢(京大)・野村元久(司会)
新医師臨床研修制度. 中島正治(厚生労働省医政局医事課長)
今、わが国の医学教育はどうなっているか. 堀原一(筑波大名誉教授)
医学教育改革への提言「メディカルスクール」構想の実現を. 黒川清(東海大)
ドイツの医学教育にみられる最近の動き. 岡嶋道夫(東医歯大名誉教授)
日米における医学教育の現状と展望. 広瀬輝夫(秀明大・元ニューヨーク医科大教授)
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